平成23年11月22日(火)
江陽グランドホテル・羽衣の間
気温: 9.7℃

平成23年度は、ドクタークラブ(以下、ド・ク)にとっても特別なシーズンとなった。
東日本大震災の発生により、当初ド・ク内部では今年度の活動を自粛すべきか否か賛否両論があり、ド・ク三役は頭を悩めていた。
そうするうちに、震災後1ケ月もすると世の中も少しづつ落ち着きを取り戻し、自粛を自粛すべきとの声があちらこちらで聞かれるようになったこともあってようやく活動開始を決断した。
しかしながら、各チームの罹災状況や日程の都合上、毎年恒例の開幕戦である臨検戦をはじめ三市医師会戦の八戸遠征など計6試合が取り止めとなったほか、1試合が雨で中止となり、結果的に例年の半分にも満たない試合数となった。それでも震災直後のことを思い起こせば6試合も野球ができたことに満足すべきであろう。
早いもので本日は納会である。
会場の江陽グランドホテルには18名の部員が集合した。仙台市医師会からは、青沼清一、松井邦昭両副会長、浅沼孝和、松永弦両理事が出席され、さらに佐竹央行名誉会員が3年連続してお元気に来会された。
午後7時、浅沼(孝)庶務の司会進行で開会。

まず、開会の挨拶に立った青沼副会長から、
「今年は、2勝4敗だったそうですが、震災後ということもあり博愛の精神でやったのでしょう。来年は、一転鬼のように頑張ってもらいましょう。」
と、労いと励ましのお言葉を頂戴した。
続いて、菊地(哲)総監督が登壇。
「入部して40年になりますが、今年は心底笑えない1年でした。震災に始まり、紀伊の豪雨、タイの洪水、そしてオリンパスの不祥事とこのような1年はこれまでありませんでした。二人で喜べば喜びは2倍になり、二人で悲しめば悲しみは2分の1になるという諺を見つけました。今夜は嫌なことを忘れて大いに楽しみましょう。」
ド・ク一同、改めて23年度が特異な年であったことを再認識するのであった。
浅沼庶務による庶務報告の中で、24年度の世話人人事に関して今年度と変更のないことが報告された。
「今年は不完全燃焼の1年でしたので来年の世話人は今年と同じとしました。来年、有終の美を飾っていただきます。」
と、付け加えた。

続いて、本年度の最高殊勲選手(MVP)賞の選出である。納会に出席の部員による全員投票の結果、有効票数14票のうち10票を獲得した綿谷中堅手に決定した。綿谷は、打率、出塁率に加え、安打数、盗塁数においてチーム最高成績を記録したことが評価され、平成16年度に続いて 2度目の受賞となった。
乾杯は、昨年に引き続き佐竹名誉会員にお願いした。
「病気療養中にベンツを処分されたので折り畳み式自転車を買いました。しかし、これがなかなか前に進みませんので今度は電動式自転車を買いました。これでようやくド・クの応援に行けると思いましたが球場が遠すぎて結局一度も行けませんでした。」
と、今年も一同の笑いを誘った。
暫し歓談の後、表彰選手が発表された。
受賞者は、下記の通りである(順不同、敬称略)。
| 60年選手 | 該当者なし |
|---|---|
| 50年選手 | 該当者なし |
| 40年選手 | 該当者なし |
| 30年選手 | 該当者なし |
| 20年選手 | 浅沼達二、猪股紘行 |
| 10年選手 | 該当者なし |
| 古稀選手 | 大泉哲之助 |
| 還暦選手 | 該当者なし |
| 皆勤選手賞 | 阿部精太郎、松井邦昭、佐藤韶矩、浅沼孝和、安藤健二郎、板垣政信、菊地達也、伊藤清志 |
| 首位打者 | 綿谷秀弥 ( .400 ) |
| 最多本塁打 | 該当者なし |
| 最多打点 | 更科広記 ( 5 ) |
| 最多盗塁 | 綿谷秀弥 ( 7 ) |
| 最優秀防御率 | 安藤健二郎 ( 2.37 ) |
| 最多勝利 | 松井邦昭、後藤孝浩 ( 1 ) |
| 優秀選手賞 | 安藤健二郎、板垣政信、後藤孝浩、菊地 徹、菊地達也、更科広記 |
| 益田記念賞 | 伊藤清志(ド・クの活動を長きにわたり支えた功績) |
| 敢闘賞 | 松井邦昭、浅沼達二、野口光徳 |
| 奨励賞 | 大泉哲之助、松永弦 |
| 努力賞 | 畠山昌樹 |
| 新人賞 | 更科広記 |
| 特別賞 | 青沼清一、佐竹央行、山川洋光、亀井浩之 |
| 功労賞 | 阿部精太郎、菊地哲丸 |

ド・クで最も価値があるとされる皆勤賞には8名が該当し表彰された。
表彰の際、各人今季の反省や来季へ向けての抱負などを自由気儘に述べた。
その中で続投が決まった阿部監督は、
「ド・クには監督候補が沢山おりますが皆医師会の仕事が忙しくてできないということですので、もう1年だけ監督を引き受けることになりました。」
と、事情を説明した。

そして、いつしか閉会の時間である。松井助監督は、
「今年は2勝4敗でしたが、どちらが勝ってもおかしくない試合が多かった。来年も同じ体制でやることになりましたので来年もよろしくお願いします。」
と、締めくくった。
来年こそは全試合全うできるよう祈りながら、ド・クは暫しシーズンオフに入るのであった。
(文責:菊地胃腸科内科医院 菊地 徹)