第383回市民医学講座:認知症の予防

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東北大学未来科学技術共同研究センター
教授 川 島 隆 太 先生

とき:平成17年2月17日 午後1時30分
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

はじめに

認知症には大きくわけて 「脳血管型認知症」 と「アルツハイマー型認知症」 の2つのタイプがあります。 脳血管型認知症は、 脳梗塞などの脳血管障害をきっかけとして生じる認知症であり、脳血管を健康に保つ、 すなわち生活習慣病を予防することで発症のリスクを下げることができます。

アルツハイマー型認知症は、 比較的若年で発症し、激烈な経過をとるタイプと、 老年期に発症し、 ゆっくりとした経過をたどるタイプがあります。 前者のタイプの予防法は、いまだに確固たる方法はありません。 しかし、 この後者のタイプ (実は日本人に最も多いタイプとも言われています) に関しては、最近の我々の研究で予防が可能かもしれないというデータが出てきています。

脳を鍛える方法

私は、 脳の中でも最も高次の働きをしている、前頭葉にある前頭前野を毎日の生活の中でたくさん使って鍛えることが、 認知症の予防になるかもしれないとの仮説をたてました。脳も体の一部ですので、 きちんと使えば何歳でも働きをよりよくすることができると考えたのです。

そこで、 私は、 私が大学で行っている最先端の脳研究手法である 「脳機能イメージング」 の研究成果に活路を見いだそうと発想しました。脳機能イメージングとは、 人間が考えたり、 行動したりしているときの脳の働きを画像として捉える研究です。 私は、さまざまなことを行っているときの脳の働きを調べて、 日常生活の中で、 誰でも確実に、 かつ簡単に前頭前野を活性化する方法を調べました。

その結果、 脳を鍛えるための3つの原則を見つけ出しました。

一つ目は 「読み書き計算」 です。 計算は不思議なことに、 やさしい計算の方が、 複雑で考え込んでしまうような計算よりも、トレーニングの効果が高いことがわかりました。 読みは、 基本的には何を読んでもよいのですが、 声を出すことがポイントになります。新聞のコラムなどを毎日音読する習慣を持つと良いでしょう。 計算も読むことも、 少しだけ速くすることがトレーニング効果を高めるコツになります。トレーニングの時間は毎日5~10分で十分です。

二つ目は 「コミュニケーション」 です。 誰かと話をしたり、 一緒に何か行動をしたりすることが、 前頭前野を大いに活性化させます。一人で家にいるのは、 脳の健康にはとても良くないことなのです。 友達と旅行に出かけたり、さまざまな会合に積極的に参加したりすると良いでしょう。
  三つ目は 「手指を使って何かを作る」 ことです。 手指を使うと、 脳が活性化するという 「迷信」 がありますが、 これはサルの脳の話です。人間の脳を大いに活性化するためには、 何かを作る目的で手を使う必要があります。 生活の中では、 料理、 手芸、 絵画、 工作、 習字など、たくさん手を使いながら何かを作り出す工夫ができます。

 

読み書き計算で認知症を改善

私は、 平成12年から、福岡県の大川市にある老人介護施設で、 読み書き計算を用いた、 認知症改善の研究を行ってきました。軽度から重度の認知症になってしまわれた高齢者の方に、 毎日15分程度の簡単な計算や文章の音読をしてもらったのです。 私たちはこのやり方を「学習療法」 と呼んでいます。

読み書き計算といっても、 実際に認知症が中等度以上に進んでいる場合には、 計算や文章を読むことができなくなっていることがしばしばあります。私たちは、 事前に脳機能検査を行い、 認知症の高齢者の方が、 確実に解くことができるドリル教材を、個人のレベルに合わせて選択して行っていただいております。 高齢者の方々には、 「やっぱり無理でしたね」 の一言は厳禁です。プライドがずたずたに引き裂かれて、 引きこもってしまったり、 認知症が悪化してしまったりすることもあります。確実に解くことができる教材を使って、 解けたことをお互いに喜ぶことが必要なのです。

このトレーニングの結果、 私たちはたくさんの奇跡を目の当たりにしてきました。 トレーニングを始めると、最初に笑顔がでてくるようになります。 そして意欲的になり、 中にはオムツが不要になる人たちがでてきます。 私たちは、 3年以上にわたって、アルツハイマー型認知症の方々の認知症の進行を止め、 前頭前野機能を向上させることに成功しています。

 

読み書き計算で認知症を予防

私は、 平成15年度より、仙台市と 「学都共同研究プロジェクト」 を行っています。 この中で、 認知症予防のプロジェクトも行っています。 このプロジェクトでは、宮城野区鶴ヶ谷地区に在住の高齢者の方々に協力していただき、小学校1年生から3年生程度の難しさのドリル教材を使った脳のトレーニングを行いました。 週に1度は、 地区の小学校の空き教室に集まっていただき、 15分程度の学習を行いました。 毎日のトレーニングが効果的ですので、 残りの4日分は 「宿題」 をお渡しして、自宅で学習をしていただきました。

その結果、 学習を行うと、 前頭前野の機能がより高まり、 脳が若返っていくことを証明しました。 しかし、 普段どおりに自宅で生活を行っていると、 徐々に脳機能が低下していくこともわかりました。 毎日の脳のトレーニングが、 脳の健康を守るのです。

私が、 東京都品川区や岐阜県大垣市で行っている同様のプロジェクトでは、 高齢になり、 脳機能が低下し、 認知症の予備軍になってしまっている方々も参加しています。 これらの方々は、 全員が3カ月から半年のトレーニングで、 脳機能が正常化しました。

現在、 仙台市社会福祉協議会により、 市内何カ所かの老人福祉センターで、 脳の健康教室が行われており、 市民の脳の健康のために役にたっています。

 

おわりに

生活の中で、 意識をして前頭前野を使うことで、認知症が予防できる可能性を示しました。 高齢者の方々には、 是非、 前頭前野を使う3つの原則を実行していただき、健やかな生活をいつまでも続けていただきたいと思います。 学習療法にご興味がある方は、 学習療法研究会 (電話 03-3234-4673ホームページ http://www.gakushu-ryoho.jp/) をお尋ねください。