第390回市民医学講座:大腿骨頸部骨折-寝たきりにならないために-

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仙台市立病院 整形外科
医長 高 橋  新 先生

とき:平成17年9月15日 午後1時30分
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

大腿骨頸部骨折は高齢者に多発する骨折で、 その患者数の多さや、 治療はほとんどが手術となること、 入院が長期にわたることなどから、 近年の高齢化社会では特に問題になっています。

当院において、 骨折の手術件数は年々増加傾向にありますが、 そのなかでも本骨折は全骨折手術症例の約4分の1を占めているのが現状です。

1. なぜ老人は骨折しやすい?

老人の骨折は骨粗鬆症により骨が脆くなっているほか、 転倒しやすい、 転倒時に防御姿勢がとれないなどの原因で多発する傾向にあります。転倒については身体活動の低下のほか、 飲酒量の増加、 睡眠薬の内服、 視力低下、 痴呆、 向精神薬の服用、脳梗塞などにより麻痺が残るなどの原因で起こると考えられています。

 

2. 疫学

日本国内では、 東日本より西日本、 農村部より都市部の発生率が高い傾向があります。 前者は納豆 (ビタミンK) の摂取量に関係していると考えられ、 後者は日常運動量の差が発生率に関係していると考えられています。

性別では女性に多く発生し、 また年齢別では70歳代から指数関数的に発生率が高くなり、 80歳代が最も患者数が多くなっています。現在の発生率は、 日本人の50歳の女性が生涯に本骨折を受傷する確率は5.5%とされていますが、 これは欧米に比べ1/2~1/3の発生率です。しかしながら今後高齢化社会の進行で、 さらに発生率が高まることは容易に予想されます。

 

3. 治療

現在の治療法は、 できるだけ早く離床を果たすということを目標に行われています。 床上生活が長くなると、 痴呆、 褥創、 誤嚥性肺炎、拘縮などいわゆる廃用性症候群をきたしてしまい、 早晩死亡する確率が高くなるため、多少のリスクはあっても手術により治療する方向で考えられています。 その手術方法も、 骨癒合を期待するよりはむしろ、骨がついていなくても運動が可能になるような、 骨折部の強固な固定、 あるいは骨折した部分を人工の関節に取り替えることにより、早期の除痛を果たして離床させる方向で考えられています。

それでも高年齢者や男性 (既存合併症保有率が高い)、認知症患者などの術後の生命予後は悪く、 とくに認知症保有者の6カ月以内の死亡率は69%にのぼり、そうでない患者の11%を大きく上回っているのが現状です。

 

4. 予防

高度の骨粗鬆症患者や運動能力低下者、 認知症患者などには骨折予防が有効です。 予防法は運動療法、 薬物療法、 生活改善などが考えられています。

1) 運動療法
高齢者の歩行は、 歩くのが遅い、 歩幅が小さい、 両足で立っている時間が長い、 足首が動かない、前に踏み出す力が弱いなどの特徴があります。  これらは前をしっかり見ながら踵から接地して、 足のつま先でしっかり蹴り、歩幅を広げて歩くという正しい歩行にできるだけ近づけることにより、 転倒を予防することができます。

その訓練法ですが、 代表的なものに、 机の前に両足で立った後、 片脚を1分間上げてその姿勢を保持し、それを両脚1日3回行うという片脚起立訓練があります。 これは、 脚力が弱い場合は机に片手をついて行っても構わないものですが、毎日行うことで筋力、 平衡機能などを高めることができます。 また、 椅子に座った姿勢で足元にタオルを広げ、 遠い端に錘を乗せて、反対端から足指でたぐり寄せるという足指トレーニングも、 足底筋を鍛える目的で転倒予防には有効です。いずれにしてもこのような運動の目的は骨を鍛えることではなく、 バランスの良い歩行を目指すというものです。

2) 薬物療法
骨粗鬆症患者に対して、 これを治療する薬剤を投与することは骨折の予防に有効です。 ただし有効であるのは、 高度の骨粗鬆患者と、 80歳未満の患者と言われています。 その治療法で現在最も効果があるとされているのはビスフォスフォネート製剤で、その他の薬剤は治療効果に有意差が認められていないのが現状のようです。

運動療法と併用して、 薬物投与により骨粗鬆症の改善を図ることが、 骨折予防に有効と思われます。

3) 生活改善
80歳以上の後期高齢者では、 自宅で転倒する危険性が高いので、 家屋評価や改造が必要になります。 具体的にはバリアフリーとするほかに、照明を明るくすること、 適所に手すりを置くこと、 ベッドと椅子の生活に変えていくことなどが考えられています。 80歳以前でも歩行能力の低下している方には、 杖や手押し車などの補助具、サポーター装着などが転倒予防や転倒した際の骨折予防の目的で考案されています。

杖や手押し車などは下肢筋力を上肢筋力で補ってやることで歩行を安定させるものですが、 高さの合わないものを使うと、かえって危ないことがあるので注意が必要です。 ほかに足関節を安定させふらつかないようにさせる足関節サポーターや、転倒した際に股関節のクッションとなるヒッププロテクターなどが推奨されています。 高度な痴呆や虚弱を有する要介護者は、転倒することを前提としなければならないので骨折予防に有効なのはヒッププロテクターぐらいですが、これはシートベルトと同様つけている間のみの効果なので、 介護者からの働きかけに左右されるのが現実です。

 

結局、 本骨折は起こさないことが最も重要で、 その予防には、 70歳代までは骨粗鬆症の治療をしながら筋力アップをはかり、 以後、 年齢とともに筋力が低下してきたら、 サポーターなどを装着しながら転倒しないような家づくりをしていくということになります。

来たるべく高齢化社会にあって、 実りのある老後を過ごせるよう、 骨折予防には十分注意をして暮らしていくことが肝要です。