第391回市民医学講座:最近増えた老人の目の病気

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東北公済病院 眼科
吉 田 まどか 先生

 

とき:平成17年10月20日 午後1時30分
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

 

-老人性黄斑変性症を知る-

1. 黄斑とは

黄斑 (おうはん) というと、そのものが病気の名前だと思っていらっしゃる方がおられますがそうではなく、 図1に示すように網膜の中の一部の場所の名前です。眼底写真を撮った場合に中心に写る少し暗い範囲のところで、 脳から眼球に入ってくる視神経の入り口 (視神経乳頭) よりも中心寄りの部分です。

そのさらに一番中心を中心窩といいます。 黄斑部は、 光が眼球に入ったときに真正面からぶつかるところで、 視力を出すための細胞がたくさんあり、物の形、 色、 立体、 距離などの光の情報の大半を識別する働きをするため、 “物を見る”ということに関して網膜の中でもっとも重要な部分、まさに中心です。

そしてこれからのお話に、 網膜のほかにも大切な組織の名前がでてきます。 それは図1にもありますが、網膜のすぐ後ろに接して存在する脈絡膜で、 網膜に栄養を与えるための血管が大変豊富な組織です。

 

 

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2. 黄斑変性とは

変性というと、質が変わってしまうことをいいます。 ただしそれは、 見た目の質が変わるだけのこともあり、 必ずしも病気を意味しません。 黄斑変性も、黄斑部の見た目の質がただ変性しているだけでは病気ではありません。 ですからその場合は黄斑変性というよりも、 黄斑部の変性、という表現をします。

 ところが、 “物を見る”、 という細胞の働き (機能)まで同時に衰えてだんだん視力が低下していく可能性のある変性は病気です。 これを黄斑変性といいます。

黄斑変性には、 目のほかの病気からくる合併症や併発のために、 黄斑部に二次的に障害がおよんでしまう黄斑変性と、はじめから黄斑におこる黄斑変性があり、 後者をいわゆる黄斑変性症といいます。

前者を引き起こす病気で皆さまがご存じなものをあげると、糖尿病性網膜症、 網膜静脈 (分枝) 閉塞症、 網膜動脈 (分枝) 閉塞症、 網膜細動脈瘤、 ぶどう膜炎、 中心性網脈絡膜炎などがあり、また白内障の術後にも黄斑浮腫を併発することもあります。

後者では、 有名なものでは網膜色素変性症とその類縁疾患、強度近視やトキソプラズマ症や原因のよくわからない特発性などがある新生血管黄斑症、 網膜色素線条症、そして今回お話しする加齢黄斑変性症があります。

 

3. 加齢黄斑変性症とは

加齢の変化により、 黄斑部の網膜の一番奥底にある網膜色素上皮細胞、 ブルフ膜、 さらに図1で説明した脈絡膜の表面の毛細血管板、といったこれらが変性し、 細胞の物を見る力が駄目になり重篤な視力低下をきたす病気です。

欧米の先進国では50歳以上の失明原因の第1位で、日本においても急激に患者数が増加しています。

ただ失明とはいっても、 読んで字のごとく”明るさ (光) をすっかり失ってしまう”のではなく、そこは黄斑部のみの障害ですので、 中心の視力はそのうち失われる危険性があるものの、視野全体の光を失い明るさまでも感じられなくなるのではありません。 ただし中心部が見えなくなるわけですので、絶対的失明ではなくとも社会的失明といえます。

 

4. 加齢黄斑変性症の種類には

黄斑部に眼底出血をきたす”滲出型加齢黄斑変性症 (ウエットタイプ)”と眼底出血をきたさない”萎縮型加齢黄斑変性症(ドライタイプ)”の2つに大きく分けられます。 最近、 滲出型のタイプの中にもさまざまな亜型がみつかり、 分類法が厳密には変わりましたが、それについて今回は省きます。

滲出型加齢黄斑変性とは、 先に説明しました黄斑部の網膜の一番奥底にある網膜色素上皮細胞などがまず変性し、 そのむこうにある脈絡膜から、変性した黄斑部の網膜 (場所的には網膜と脈絡膜の間;黄斑下) にむかって新生血管がのびてきてしまい、 眼底出血をきたしたものをいいます。眼底出血の場所がまさに黄斑部ですので、 黄斑部の網膜がますますいたみ、 進行が早く、 急激に重篤な視力低下をきたします。

図2に典型的な滲出型加齢黄斑変性症の眼底写真を示します。 程度によってさまざまで、 この写真のうちでは、 視力は0.4のものから指数弁(顔の手前でユビを数えるのがやっと) までお示しします。

 

391-02.gif萎縮型加齢黄斑変性症は、 同じくまず網膜色素上皮細胞などが変性し、 その変性部分に老廃物などが溜まります。それにより黄斑部の網膜が栄養不足におちいることにより視力が悪くなっていきます。 脈絡膜から新生血管が伸びてはこないため眼底出血もなく、見た目は黄斑部が萎縮してざらざらした感じです。 変性のスピードは遅く、 進行が緩やかなため視力低下に気がつかない人もいます。図3に典型的な萎縮型加齢黄斑変性症の眼底写真を示します。 視力は、 出血はないもののやはり0.3まで低下しています。

 

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5. 加齢黄斑変性症の前駆病変

既に述べた滲出型、 萎縮型加齢黄斑変性症におちいる前に、 眼底に前駆病変の所見のみられることがあります。いわゆる加齢黄斑変性症の予備軍です。 それには、 軟性ドルーゼン、 網膜色素上皮剥離、 色素沈着などがあります。 これらはまだ、脈絡膜からの新生血管を引き起こしたり、 細胞を萎縮させたりはさせない段階のものです。 しかし進行すると加齢黄斑変性となります。ドルーゼンには硬性と軟性がありますが、 そのうち軟性でしかも大きいものや融合したものが発症しやすいとされています。

網膜色素上皮剥離とは、まさに今まで述べてきた網膜の一番奥底にある大切な網膜色素上皮細胞が、 もとにあった場所から剥離する状態をいい、これが変性の先駆けとされています。

 

6. 加齢黄斑変性症の検査

眼科で通常の視力検査のあと目薬で瞳を開いて (散瞳) 行う眼底検査に加え、 脈絡膜新生血管を発見するために、 蛍光眼底造影検査をします。使う造影剤は2種類で、 まず糖尿病性網膜症などの検査に使用するのと同じフルオレセインという造影剤で網膜色素上皮細胞のいたみ具合などをみて、脈絡膜新生血管にあたりをつけます。

次に脈絡膜循環をみることのできるインドシアニングリーンという造影剤で脈絡膜新生血管の場所や存在や勢いや大きさをみます。ほかには光干渉断層計という機械で網膜の断層像をみます。 これでよりはっきり黄斑部の網膜と脈絡膜新生血管との位置関係がわかります。黄斑変性を専門にみている施設にしかなかなか全種類はそろわない特殊な検査です。 図4にお示しします。

 

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7. 加齢黄斑変性の自覚症状には

症状は大きく3つ、 変視症 (物がゆがんで見える)、 中心暗点 (中心が黒く抜ける、 まさに見たいところのものが見えない)、そして視力低下です。 視力低下には、 視力検査表を用いての数字的な視力低下ばかりではなく、 はっきり見えない、 全体的にぼやけて見える、不鮮明に見える、 などもあります。

図5に、 特に滲出型加齢黄斑変性症の患者さんが感じる自覚症状を示します。 これに比べ、前駆病変では自覚症状が全くあらわれないことが多いです。

 

 

8. 加齢黄斑変性症の疫学

日本には、 九州大学で行っている福岡県の久山町という町の住民 (日本人全体の年齢別人口分布とほぼ同じ分布をもつ住民の集団)を対象にした久山町研究という有名な大きな疫学研究があり、 それによると2001年の時点での日本人の加齢黄斑変性症の有病率は、 50歳以上の0.87%だったということです。 だんだん増えていくとするとそのうち1% (50歳以上の100人に1人) ということでしょうか。

欧米やオーストラリアでは、 45~55歳以上のすでに1.6~1.9%だということなので、 それよりはまだ少ないようですが、日本人の50歳以上の総人口に換算すると、 これは実に43万人にものぼり、 加齢黄斑変性症の予備軍をも含めると648万人にもなるそうです。 1989年の時点での厚生省の調査では7500人、 1993年では1万4400人だったとのことですので、 有病率の伸びは驚異的ともいえますので、やはり他諸国同様に確実に患者数が増えていると考えられます。

理由の一つには、 今、我が国が今までにないほどの高齢化社会であるということはいえますが、 生活が欧米化したからであるとはまだいえないようです。 また、他諸国が女性に多いのにくらべ、 日本人では圧倒的に男性に多いということもわかっています。

 

9. 加齢黄斑変性症の危険因子

図6に、 加齢黄斑変性症の危険因子をあげています。 下線が引いてあるところは、 日本人で確実にわかっている危険因子です。 50歳以上、男性、 高血圧、 喫煙、 といった組み合わせになっています。 その他の因子は、今のところ可能性があると考えられ盛んに研究されている事項ですが、 まだよくわかっていません。 私自身の臨床経験上では、 7番はやはり危険因子と考え、 すでに片方の目が加齢黄斑変性症の場合の反対の目、 中心性網膜炎の既往歴、 などには注意しています。

 

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10. 加齢黄斑変性症の原因

いろいろな研究の成果で、 危険因子はだんだんわかってきましたが、 それではそれらがなぜ、どういうメカニズムで50歳以上の約1%の人のみに作用して、 よりによって黄斑部の細胞だけをいたませたり萎縮させたりするのか、なぜ脈絡膜からの新生血管が黄斑部にのびてこなければいけないのか、 などはまだまだよくわかっていません。

しかし数々の危険因子から想像すると、黄斑部に起きた何らかの炎症説、 光障害説、 酸素不足説、 循環不全説などがあげられます。 特定の遺伝子異常である説はまだ弱いようです。

 

11. 加齢黄斑変性症の治療法

今のところ残念ながら、 萎縮型加齢黄斑変性症や前駆病変に対しての治療法はみつかっていません。滲出型加齢黄斑変性症のように出血をきたすものに対しては、 以前よりさまざまな方法が試みられてきました。 しかし、 これも残念ながら、未だに有効といえる決定的な治療法はありません。

図7に治療の歴史の古いものからあげてみました。 治療のターゲットは当然、脈絡膜新生血管を小さくする、 対宿させる、 出血を取り除く、 などです。 この中では現在8番の光線力学療法が世界、日本どちらも完全に主流です。 しかし他の方法も今も組み合わせで施行しますので、 すっかりやらなくなってしまった治療法はありません。

しかし、やはりどれも確立された方法と断言できるものはないのが現状です。 東北大学では今まで3、 5、 7番にかなり積極的に力を注いできました。特に7番は、 今年退官された前教授である玉井 信先生の世界で初めての唯一の治療法でした。 この7年間で60人の方に施行し、今も経過をみせていただいています。 次世代の治療法としては、 東北大学を含め世界的にも積極的に9、 10番が研究されています。 ほかには、患者さん本人ができることとしては、 次にも述べるサプリメントがあります。

 

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12. 加齢黄斑変性症の予防

滲出型、 萎縮型とも、 加齢黄斑変性症は発症してしまったものに対する治療法もなかなか難しいのですが、 原因すらはっきりしないために、そうなると予防も非常に難しいことがわかります。 しかし、 図6を参考に、 危険因子を遠ざけ、そして体に不足しているものを補うことは大切と考えられます。 血圧管理、 喫煙を控える、 サングラスをかける、 栄養因子を接種する、 などです。

足りない栄養因子は、 ビタミン、 亜鉛、 ルテイン、 とされていますので、 それらが接種できるサプリメントがお勧めです。また治療法のない萎縮型加齢黄斑変性症を発症してしまった場合にもサプリメントをお勧めし、 進行を防止しようと考えられています。

 

13. おわりに

加齢黄斑変性症とは、 失明してしまう病気ではありませんが、 原因も不明で治療法も難しい、 いわゆる難病です。 しかし危険因子を避けて、サプリメントを摂取していただければ、 中心部が見えにくいという煩わしさはありますが、生活そのものに制限はなくライフスタイルを変えることもなく暮らしていただけます。 運動をしても本を読んでもテレビを見ても何をしてもかまいません。検診などで前駆病変が発見されたときは、 自覚症状がなくても是非眼科を受診してください。

自覚症状がある場合ももちろん眼科を早めに受診していただいて、 その方の黄斑変性の状態、 すすみ具合などにあった、今できる正しい治療法を探して、 なるべく黄斑部の細胞の機能を温存しましょう。

難病なだけに、 専門にしている眼科医でなければわからないことも多いかと思います。 今回、 講演にお呼びいただき感謝申し上げます。 微力ながら、 加齢黄斑変性を専門にしていますので、 お声をかけていただければ幸いです。