第399回市民医学講座:胃がんは治る -早期発見の重要性-

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仙台オープン病院      
消化器内科 平 澤  大 先生

とき:平成18年6月15日 午後1時30分  
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

 

はじめに

公衆衛生の発達により若年者におけるヘリコバクター・ピロリ菌の感染者数は減少し、 胃がんの罹患率は今後減少すると推測される。 しかし現時点では、胃がんの罹患率はいまだ本邦における悪性腫瘍の中で第1位のままである。 特に塩分の摂取量が多い東北地方は胃がんの発症率が高いといわれている。

一方、 胃がんの死亡率は長年1位であったが、 近年になり男女とも2位となった。 胃がんの死亡率の減少は、罹患率の減少もその理由として挙げられるが、 検診や人間ドックなどのスクリーニング検査の普及により早期に発見、救命される症例が増えたことが主な理由である。

 胃がんの自然史と自覚症状

あらゆる 「がん」がそうであるように、 胃がんも胃の粘膜にある1個の細胞のDNAが損傷し、 がん細胞が発生するといわれている。この発生に関してはさまざまな因子が関与していると考えられているが、 最も重要な因子の一つにヘリコバクター・ピロリ菌が挙げられる。ピロリ菌に感染した胃の粘膜は慢性的持続的な炎症にさらされる (萎縮性胃炎)。

やがて、 胃の防御機構の低下により、胃粘膜の細胞はより粘液分泌能の高い腸型の粘膜に脱分化を起こす (腸上皮化生)。 この過程に、 加齢や塩分、 喫煙などの環境因子が作用し「がん」 が発生するといわれている。

胃がんの細胞は非常にゆっくりと分裂・増殖を繰り返し成長していく。スキルス胃がんなどの例外的ながんを除くと、 直径が数ミリの微小な胃がんに発育するのに通常3~5年、人によっては10年以上かかるといわれている。

当然この段階では 「がん」 による自覚症状はほとんどない。 しかし、進行胃がんになると急速に成長し、 また 「がん」 の悪性度も高くなり、 転移を来しやすくなる。 実際に手術症例の5年生存率は、 早期胃がんの stage Ⅰaでは95%程度であるが、 stage Ⅱでは約70%、 stage Ⅲ以上では50%以下に低下する。この進行した段階になって食思不振、 心窩部不快感といった自覚症状がはじめて出現する。

胃がんは比較的発育の遅い 「がん」 で、 早期に発見し適切な治療が行われれば、 予後も比較的よいといわれている。 胃がんの自然史においてその成長のほとんどの期間は自覚症状のない状態であり、 早期発見には検診的なスクリーニン検査が重要である。

 

胃がんの検査法

さまざまな検査法があるが、 早期発見には内視鏡検査が最も有効である。 50歳以上のがん年齢で萎縮性胃炎や腸上皮化生のある者、 がん家系の者などの高危険群は、 定期的検査を受検すべきである。

以下に代表的な検査法について簡単に解説する。

レントゲン検査:

胃がん検診などに用いられている検査法で、 コップ1杯のバリウムを服用し、 レントゲン撮影する検査である。患者の負担が少なく有用な検査法である。 一方で撮影および読影には熟練を要し、 集団検診における胃がんの見落としは10~40%ともいわれている。また被爆の問題も挙げられる。

内視鏡検査:

胃がんを発見するには最も精度の高い検査法である。 朝食を摂らないだけで手軽にできる検査法であり、 同時に組織検査も可能で、確定診断には必須の検査である。 一方で患者に若干の苦痛を強いることがある。 また苦痛や微小がんの診断能は医師の技量により異なるため、経験豊富な内視鏡医による検査が望ましい。 最近では鎮静剤を投与しながら検査を行ったり、 直径5㎜以下の細い内視鏡を用いるなどして受検者の苦痛の軽減が可能である。

血液検査:

主にペプシノーゲン法と腫瘍マーカーが用いられる。 前者は胃の萎縮の程度を推測する検査であり、胃がんを直接発見することは不可能である。 胃がんの高危険群の抽出に有効で、 胃がん検診でレントゲンと組み合わせて行われている。腫瘍マーカーは胃がん発見の感度は低く、 主に 「がん」 の進行状態や治療効果、 再発の有無などの測定に用いられている。

PET:

胃がんのような進行の遅い 「がん」 は発見しづらい傾向にある。
CT、 MRI、 超音波:進行した胃がんは発見可能であるが、 早期がんの発見は困難である。 転移の有無などの全身検索に有効である。

 

胃がんの治療法

現在のところ胃がんの治療には、 放射線や免疫治療などの有効性はなく、 外科的切除もしくは内視鏡的切除が主流である。

「がん」 の治療法は大きく分けて根治的治療と姑息的治療に分けられるが、 全身状態を考慮して、 可能であれば根治的治療が選択される。胃がんの場合、 根治的治療不能例つまり手術不能な stageⅣでは抗がん剤や鎮痛剤を主とした延命・緩和治療が選択される。

外科的切除はがんの進行度と占拠部位により、 主に胃全摘、 幽門側胃切除、 噴門側胃切除のいずれかの術式が選択される (定型手術)。最近では腹腔鏡下切除も普及し始め、 手術侵襲の低下が期待されている。 いずれの治療も stage が低ければ良好な治療成績が得られるが、食欲低下などのQOLの低下を伴うことが多い。

内視鏡治療は stage Ⅰa の中のさらに限られた病変のみに適応がある。 術後のQOLの低下をきたすことなく根治可能な治療法である。最近までは 「内視鏡的粘膜切除 (EMR)」 が主流であったが、 「がん」 の遺残が時々見られ問題となっていた。したがって2㎝以下の小さな病変がその対象であった。 最近では 「内視鏡的粘膜下層はく離術 (ESD)」 という内視鏡治療が保険認可され、がんの遺残はほとんどなくなり、 2㎝以上の理論的にリンパ節転移がない病変までその適応が広がりつつある (図1)。

 

 

399-02.gifさいごに

胃がんの早期発見は 「がん」 の予後だけでなく、 治療後のQOLの改善にもつながる。 早期発見には内視鏡検査が有用であり、 胃がんの高危険群は定期的検査が推奨される。

図1 新しい内視鏡治療 「ESD」 で切除した標本の写真。 標本長径78㎜、 腫瘍径65㎜の粘膜内がん。 ESD で完全切除が可能であった。