第403回市民医学講座:肺の病気と肺移植

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東北大学加齢医学研究所
呼吸器再建研究分野
教授 近 藤 丘 先生

とき:平成18年10月19日(木)午後1時30分
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

肺のはたらきと病気について

肺は胸の中で、心臓と一体となってはたらいています。 その仕事は、 からだのエネルギー源となる酸素を血液の中に送り込み、不要となった二酸化炭素を空中に放出する、 いわゆるガス交換と呼ばれているものです。

この機能を全うするためには、肺の中に何億もあるといわれている微細な袋である肺胞へのスムーズな空気の出入りと、 空気が出入りしている肺胞にまんべんなく血液が循環すること、の両者が必要となります。

このどちらが欠けてもガス交換は円滑に行われなくなります。 このようなはたらきを持つ肺の病気は、大きく肺が部分的に侵される病気と、 肺全体が広く侵される病気に大別できます。 部分的に発生する病気は、 がんや嚢胞や感染症などがありますが、たとえ当初は部分的な病気であっても放置すれば病気の範囲が広く拡大することもあります。

肺全体が侵される病気には、 肺線維症、 間質性肺炎、肺高血圧症などといった病気があります。 病勢が進行すればいずれの病気の場合でも呼吸器の症状が現われてきて、傷害の程度や範囲が拡大すれば呼吸困難に陥ることになります。 外科治療の守備範囲は主として部分的な病気ということになります。

肺の病気の診断について

肺の病気の診断に最も簡便で普及している方法はレントゲン写真です。 肺ばかりではなく、 心臓の輪郭や中心部の太い血管の輪郭、 胸郭の形、肋骨や鎖骨などの骨、 横隔膜の形と位置、 なども観察できます。 しかし、正面や側面など撮影方法を工夫して可能な限り肺の多くの領域を観察できるようにしていますが、 それでも心臓や横隔膜の裏側、肋骨などに重なる部分については観察が困難であったり、 たとえ見えていても細かな変化が掴みにくい、 という短所があります。この短所を克服したのがCTであり、 CTの出現によって実に細かな変化まで漏らすことなく観察することが可能となりました。ごく初期の肺がんの陰影をとらえることも可能となったといえます。 肺がんは、 現在わが国のがんによる死亡原因の1位となっており、非常に難治のがんとして知られています。

かし、 CTの出現によって早期に発見する頻度が高まれば、 手術などの治療で治る可能性も高くなってくるものと思われます。

 また、 最近では P E T というラジオアイソトープを使った検査法とCTを組み合わせた画像診断法が確立され、 単に陰影のある無しばかりでなく、その陰影のいわば活性度とでもいうべきものを知ることができるようにもなっていて、 がんの診断に有力な武器となっています。

しかしながら、レントゲンやCTや P E T というものは画像の変化をとらえる検査法であって、 直接病気を診断する手段にはいたっていません。肺がんを例にとると、 画像上異常と認められる部分ががんであるのかどうかを調べるには、 内視鏡検査が必要となります。病巣を直接確認して小さなサンプルを採取したり、 見える範囲より奥の病変についてはブラシを病巣に送り込んで細胞を採取してきて細胞診で診断をする、といったことが可能です。

肺がんは成長が早いという意味でも恐ろしい病気です。 この予防には禁煙、 そして検診が重要ですが、現在のレントゲンでの検診の精度では毎年必ず受診することが必要といわれています。 また、 レントゲンでは見えない太い気管支にできたがんは、痰の中の細胞をみることで発見可能なこともあり、 とくにタバコを吸う人では喀痰細胞診という検査も早期発見には有効です。

 

肺の病気の治療について

外科の対象とする疾患ではやはり肺がんが最も重要です。 がんをもった肺葉を周辺のリンパ節とともに切り取るのが基本的なやり方ですが、最近は胸腔鏡という器械を用いて、 以前よりもはるかに小さな傷で手術をすることが可能となっています。

もちろん、病気の早い段階で手術を行えば治る確率は格段に高くなります。 胸を開けて肺を切り取るといいますと、 大手術のイメージがありますが、確かに50年ほど前の手術死亡率はかなり高いものでした。

しかし、 この手術死亡率は年々低下し、 最近では1%を大きく下回るものとなっています。外科手術の中でも、 がんの手術の場合は正しい手術適応の把握による正しい方針の設定と治療を実践中の正しい判断が最も重要であり、技術のすぐれた外科医が必ずしも安全で最善の医療を実践できるとは限らない、 ということを肝に銘じておくべきです。

 

肺移植について

肺の全体的な病気は、 局所的な治療法である手術などによって治すことはできません。内科的な治療も功を奏さないものでは肺移植という手段をとらざるを得ない場合があります。 生体肺移植という手段もありますが、本来臓器移植は死によってもはや使わなくなった臓器を必要としている人に善意で提供することを実践してあげる医療であり、健全な人を提供者とすることはあまり推進すべきことではないように思います。

肺移植はこれまで日本では81例行われていますが、脳死肺移植はそのうちの28例です。 残念ながら提供者の数よりも希望者の数がはるかに多いために、生体肺移植を実施する頻度が高くなってしまっています。

肺移植を受けるとそれまで酸素を吸入してベッド上で何とか生活していた人が、酸素なしで仕事に復帰することができるようになります。 日本における肺移植の成績はこれまでのところ欧米の成績に勝ってはいますが、それでも移植をすれば100%助かるというわけではありません。 まだまだ一般の手術に比べればリスクの大きな医療であるといえます。それでもこの治療法にかけて肺移植を希望する人が後を絶たない状況で、肺移植を待機している人は全国で120人を超えており、その数は増加する一方です。 日本では、臓器提供が極端に少ないために海外にまで移植医療を求めて出かける人が急増しています。

脳死下での臓器提供の意志表明をしている人の意志をより多く生かせる仕組みに改善していかないと、日本は臓器売買を促進している国と諸外国から非難を浴びることになりかねないと思われます。