第406回市民医学講座:狭心症と心筋梗塞-狭い血管は拡げるべきか-

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仙台市医療センター
仙台オープン病院 循環器内科副部長
浪 打 成 人 先生

 

とき:平成19年1月18日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

1.虚血性心疾患とは

概要と治療―特にカテーテル治療について―

心疾患は昭和60年ごろからほぼ毎年のように死因別死亡率第二位であり、死亡者数の実数としても約16万人と単一臓器としては非常に多くなっています。虚血性心疾患の死亡者数は約7万人と心疾患のなかでも多く、疫学上においても治療上においても重要な位置を占めています。

虚血性心疾患には狭心症と心筋梗塞が含まれますが、虚血とは血が無い状態、すなわち心筋に血液が足りない状態を示しています。心臓は全身に血液を送り出すことが仕事ではありますが、自身が働くためにも血液が必要です。このため大動脈から心臓を灌流するための血管、冠動脈が分岐し、心臓表面を取り囲んで心筋に血液を送っています。

狭心症とは動脈硬化性プラークによる狭窄、ないし血管攣縮により一時的に血液が足りなくなる状態をいいます。対して心筋梗塞は動脈硬化性プラークが破綻し血栓が形成されることで冠血流が減少し、心筋傷害が引き起こされた状態のことです。動脈硬化性プラークの中でも脂質成分が多く被膜の薄いプラークは破綻しやすいと言われています。

心筋梗塞が発症すると不整脈、心不全、あるいは心破裂や心室中隔穿孔といった合併症のために院内死亡率も6~8%と高くなりますが、この30年間でみると死亡率は1980年代前半の20%前後から次第に減少しています。この減少にはカテーテルによる再灌流療法の普及も影響していると考えられます。

虚血が存在すれば虚血を解除するための治療を選択することになります。心筋に血液、酸素を十分供給すること、あるいは心筋の酸素消費をなるべく抑えることがその目的です。心筋への血液、酸素供給を維持する手段としては酸素吸入、硝酸剤など冠拡張剤、カテーテルを使用した冠インターベンションやバイパス手術などの血行再建術があります。心筋酸素消費を抑える手段としては安静、モルヒネ、β遮断薬などがあります。冠インターベンションによる血行再建術は虚血に対する治療の一つということになります。

冠インターベンションで私たちが通常取り得る手段はいくつかあります。バルーンは最も基本となる手段で血管内腔の動脈硬化性プラークを押し拡げて拡張します。ステントは金属製の筒状の網で、血管内壁に密着して押し拡げることでプラークを拡張します。バルーンに比較して再狭窄率が低くなることが知られています。DCAはカッターを回転させて動脈硬化性プラークを切除して血管内腔を確保します。

ロタブレーターは高速回転するドリルで石灰化病変を破砕する手段です。これらの手段をそれぞれの病変の性状を考慮した上で、単独で、あるいは組み合わせて選択、治療することになります。

2.狭い血管は拡げるべきか

―狭窄イコール虚血か?―

今、虚血が存在するか? 将来、虚血が存在するようになるか?

冠インターベンションは血管を拡張するための手段であることを述べましたが、すべての狭い血管は拡げるべきでしょうか。その血管の灌流域に虚血があれば解除する価値はあると考えられますが、問題は狭窄イコール虚血ではない、血管が狭ければ血液が足りなくなるとは限らないということです。それではどのくらい血管が狭ければ拡げるべきでしょうか。これはどのくらい血管が狭ければ虚血が生じるか、ということでもあります。

私たちが冠動脈の狭窄度を評価する場合、動脈硬化性病変が無い血管を0%、血管内径で半分となった血管は50%、内径1/4の血管は75%、内径1/10で90%、閉塞していれば100%と示します。実験的には75%以上の狭窄で虚血が生じる可能性があるといわれています。しかし75%以上の狭窄に虚血が必ず生じるわけではなく、90%の高度狭窄あるいは100%と閉塞していても側副血行の存在などのため虚血が生じないこともあります。狭窄の程度(形態判断)だけでは虚血の有無についての判断はできないということです。

虚血を診断するためには詳細な病歴の聴取、症状出現時の心電図、運動負荷心電図、心筋シンチなどが必要であり、これらによる虚血の診断と、冠動脈CTや冠動脈造影による形態診断を組み合わせて虚血性心疾患の診断を進めていくことになります。

現時点で虚血が存在するかどうかについては判断可能ですが、将来的に虚血が生じるかどうかについては判断することはできません。例えば冠動脈の軽度狭窄がいずれ進行して高度狭窄となる、あるいは動脈硬化性プラークが破綻して血栓性閉塞する、といったことを予知できればいずれ虚血が存在するようになるといえるわけです。

しかし動脈硬化による狭窄は必ず進行するとは限らず、高度狭窄であっても変化なく何年も経過することもあるのです。また心筋梗塞が発症する場合も高度狭窄を呈するプラークが原因となるばかりでなく、虚血が存在しない軽度狭窄病変でもプラークの破綻から血栓性閉塞が起こり得ます。すなわち現在の狭窄程度から将来の虚血の存在を予知することは、残念ですが現時点での臨床医療では不可能です。

冠動脈造影、また冠インターベンションによる血行再建術は、非常に強力な診断手段、治療手段ではありますが限界もあります。また身体にとって侵襲的な手技を必要とする以上、合併症の可能性がないわけではありません。

カテーテル検査、治療は施行により得られるメリットと可能性のあるリスクを個々の症例についてそれぞれ考慮して施行すべきか判断する必要があります。カテーテル治療で得られるメリットは虚血の解除ですが、解除するためには虚血が存在しなくてはなりません。虚血が存在すればカテーテル治療を考慮する価値はありますが、すべての狭い血管がその適応となるわけではありません。

 

3.虚血性心疾患の予防 冠危険因子のコントロール

虚血性心疾患を予防するためには冠危険因子とよばれる動脈硬化をすすめる要因をコントロールすることが重要です。

高脂血症、糖尿病、高血圧、喫煙が動脈硬化の進行に大きく影響するといわれています。特に最近は冠危険因子が同時に複数個存在した場合に虚血性心疾患を発症するリスクがさらに高まることが示されています。冠危険因子をコントロールすることで治療が必要な血管にならないように動脈硬化を予防する必要があります。虚血性心疾患が発症してから治療するよりも、発症しないように予防することが大切です。