第412回市民医学講座:うつ病について

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東北大学大学院医学系研究科
精神・神経生物学分野
教授 曽良 一郎 先生

とき:平成19年7月19日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

 

ゆううつになる、イライラするなどの気分の不調は日常のさまざまな場面ではよくあることで、しばらくすると気分が回復する場合には特に問題はありません。しかし、気分の不調が長く続いたり、繰り返し起こったりする場合はうつ病などの「こころの病」が背景にあるかもしれません。

うつ病は、ゆううつ感や何事にも気力がわかない状態が長い間続いて、生活に支障をきたすようになる「こころの病」です。厚生労働省の最近の調査によると日本人の15人に1人が一生に一度はかかる可能性があり、決して珍しい病気ではありません。

 

 

日常生活で経験する「ゆううつな気分」は確かに気の持ちようで良くなる場合もあります。しかし、うつ病が原因の「ゆううつな気分」は脳内の神経伝達の働きが低下して起こるために、単なる気の持ちようでは決して良くならず治療が必要となります。日常生活で経験する「ゆううつな気分」とうつ病との違いは、うつ病では沈んだ気持ちが回復せずに1カ月以上も続く点です。

うつ病にはいくつかの種類があり、ゆううつな気分の抑うつ状態を症状とする「単極性の気分障害(うつ病)」と、愉快で爽快な気分が続く躁状態と抑うつ状態を繰り返す「双極性の気分障害(躁うつ病)」が代表的です。うつ病は不眠や食欲低下以外にもさまざまな自律神経症状を伴い、ゆううつな気分を自分自身では自覚できない場合もあります。実際はうつ病でありながらさまざまな自律神経症状などのからだの症状が前面にでているために本人も周囲の方もうつ病と気がつかない「仮面うつ病」があります。

お年寄りでは老化に伴う身体疾患も多くなり、いろいろな喪失体験が重なり、うつ病が発症することがあります。この「老人性うつ病」の特徴として、じっとしていられない、いらいらする、いてもたってもいられないという焦燥感や不安感が他の年代のうつ病にくらべて強い傾向があります。高齢者のうつ病にみられる記憶・記名力の低下は一見、認知症に見えることから「仮性痴呆」と呼ばれることがあります。

こころやからだの働きを活性化させ、意欲や気力をコントロールしている場所は、脳内にあります。脳内にはアミンというセロトニン、ノルエピネフリンなどの神経伝達物質があり、これが正常に働いていると、こころやからだには活力があって、健康を保つことができます。

ところがアミンがうまく働かなくなると不調の症状があらわれるようになります。からだの症状が前面にでた場合は、内科や外科で血液やさまざまの検査を行っても異常が見つからないことから、いわゆる「ノイローゼ」と診断され抗不安薬とよばれる精神安定剤を処方されます。しかし、うつ病の場合には抗うつ剤と呼ばれる脳内のアミンの働きを回復させる薬が必要です。

いわゆる精神安定剤は効果が数日で現れますが、抗うつ薬の効果が出るまでには数週間かかります。実際、うつ病の症状がでてくるまでには数カ月単位の時間を要していることから、薬による治療にも数カ月から半年ぐらいは必要です。幸いに、うつ病にかかった方の多くは薬の治療によって発病前の元の状態にもどるのですが、その後にうつ病になりやすい「脆さ」はなくなってはいないことを知っておくのは重要です。

また処方された抗うつ剤の量を勝手に減らしたり中断したりするのは再発の危険を招きますので、自己判断は禁物です。

一般にうつ病は中年期以降に多いこころの病ですが、若い方がかからないわけではありません。しかし、思春期から20歳代の方でゆううつな気分や気力がでないときには、うつ病と似た異なるこころの病である可能性があります。ゆううつな気分には不安を伴うことが多いことから、ご本人やご家族がうつ病だと思っている場合でも、実は不安が主体の「神経症」というこころの病であることも多いのです。うつ病は休息と抗うつ剤の服薬が治療方針ですが、「神経症」の治療薬はリラックスを促すベンゾジアゼピンという種類の化合物が用いられますので、うつ病の治療とは基本的に異なります。

うつ病の方の家族や周囲の方のサポートの仕方の基本は、ご本人にしっかりと休息を取っていただくことです。決して励ましてはいけません。うつ病の方は頑張りすぎて、エネルギーが枯れてしまった状態ですので、がんばりたくともがんばれないことをご理解下さい。うつ病の方に考えや判断を求めないことも大切です。

人生の進路などの重要な決断も、うつ病がよくなるまで先のばしにするべきです。また、外出などは健康な方にとっては気分転換になりますが、うつ病の方には無理に勧めてはいけません。もし、「生きていてもしかたがない…」、「死にたい…」など、自殺をほのめかすような発言があった場合には、すぐに医師に相談する必要があります。

うつ病の方は、気分が落ち込んで仕事ができないのは自分がふがいない、能力が劣っているからだと自分を責めていることが多いために「こころの病」であることに気が付きません。そのため、家族の方や周囲の方が専門医への受診を勧めることがとても重要になります。