第413回市民医学講座:加齢性の眼の病気と最新の治療について

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東北大学大学院医学系研究科
神経感覚器病態学講座・眼科視覚科学分野
教授 曽良 一郎 先生

 

とき:平成19年8月23日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

加齢性の目の病気と最新の治療について
角膜再生治療

 

眼は外界からの情報を入手する最も重要な臓器である。老化によってさまざまな眼疾患が生じる。2006年に行われた中途失明患者の原因調査では、緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性症、黄斑変性、白内障、角膜混濁などが主とした原因であると報告されている。本稿では、これらの中で、治療法の進歩が著しい白内障と加齢性黄斑変性、角膜上皮疾患を取り上げる。

1. 白内障

白内障は加齢などが原因となって生じる水晶体の混濁である。水晶体は外側の上皮細胞層、皮質、皮質の中心の核という3つの層からなっているが、いずれの層にも混濁が生じる。年齢に比例して白内障の発症率が上がり、80歳以上では白内障手術の適応になる場合が多い。

白内障は不可逆性の水晶体混濁であるので、治療は手術となる。濁った水晶体を除去し、代わりに人工の眼内レンズを挿入する手術である。眼内レンズは世界で最も頻繁に用いられている人工臓器で、白内障手術の発展と呼応して、年々進化してきている。従来は、黒目(角膜)と白目(強膜)の境目付近に10mmくらいの大きな切り口を作り、そこから白内障を取り出し、眼内レンズもその創口から挿入していた(嚢外水晶体摘出術)。創口は非常に細い糸で5糸から8糸ほど縫合するが、創口が大きいので創傷治癒に時間を要し、視力回復に時間を要する。

さらに、多くの糸で縫合するので、角膜にゆがみができて乱視が生じることは避けられない。このような欠点を減らすため、現在では、小切開を作り、そこに超音波を出す装置をいれて、超音波により眼内で白内障を粉砕、吸引除去する超音波水晶体乳化吸引術が開発され、現在のスタンダードな白内障手術となっている。

この手術では3mm以下の小切開創から眼内レンズを挿入する必要があるので、折りたたみ式の眼内レンズが開発され、その特性も年々進歩している。3mm以下の小切開創での超音波水晶体乳化吸引術では、多くの場合縫合する必要がなく、視力回復がはやく、乱視も生じにくい。さらに、遠近両用の多焦点眼内レンズの開発など、より眼内レンズを自然の水晶体の機能に近づけようとする試みが進められている。

2. 加齢黄斑変性

 

(1)加齢黄斑変性とは

網膜の中心に位置する黄斑には視細胞が集中しており、その中でも最も感度の高い部分は中心窩と呼ばれている。黄斑部は視力にとって最も大切な部分で、黄斑部では読書が可能な良好な視力が得られるが、それ以外の部位では読書ができる程度の視力は得られない。

加齢黄斑変性では、黄斑部に異常が生じて失明に至る疾患である。加齢黄斑変性には萎縮型と滲出型があり、萎縮型は新生血管は生じず、黄斑部の萎縮がゆっくりと進行するタイプで、日本人には少なく、欧米人に多いタイプである。一方、滲出型は網膜の外側から新生血管が生じ、網膜に浮腫や出血を起こし、急激に視力が低下する型で、日本人に多い。

加齢黄斑変性は欧米では社会的失明の原因の第1位であり、日本でも近年著しく増加している。

加齢黄斑変性の症状は、物がゆがんで見える、部分的にあるいは中心が暗く見える、視界がゆがむ、物が薄く見える、などである。これらの症状を簡便に検出する検査として、アムスラーチャート(黄斑変性判別チャート)があり、自宅でも自己チェックすることができる。これらの症状があれば、すぐに眼科を受診することが重要で、近年開発された光干渉断層撮影(OCT)や蛍光眼底検査を用いて、加齢黄斑変性を的確に診断することができる。

 

(2)加齢黄斑変性に対する予防的治療

AREDS (Age-Related Eye Disease StudyResearch Group) Studyでは、加齢黄斑変性になりやすい黄斑所見を有している患者3640人を対象とした前向き調査研究(プラセボ群903人、ビタミン内服群954 人、亜鉛内服群904人、ビタミン+亜鉛内服群888人、平均観察期間6.3年)で、ビタミンと亜鉛の両方を摂取することが加齢黄斑変性の発症率を抑制することが報告されている。このような研究を基盤として、加齢黄斑変性を抑制するためのサプリメントが販売されている。

 

(3)加齢黄斑変性に対する最先端治療:光線力学的療法 

加齢黄斑変性に対する治療として、光線力学的療法(PDT)というレーザーと薬物を利用する新たな治療法が開発されている。この治療法は、光感受性物質を静脈内に投与し脈絡膜新生血管の部位に薬剤を集積させた後、特定の波長(689±3nm)を持つレーザー光線を照射し光感受性物質を励起させることにより、活性酸素を発生させて新生血管を閉塞させる治療法である。

 

(4)加齢黄斑変性に対する最先端治療:抗VEGF抗体

加齢黄斑変性の新しい治療として、抗VEGF抗体の硝子体注入がある。VEGFは新生血管を誘導する因子であり、抗VEGF抗体医薬として大腸がんに適応があるベバシズマブ(商品名Avastin)が開発されている。この薬物の硝子体注入が加齢黄斑変性の治療に有効であるが、厚労省の認可は得られていない。また、抗VEGF抗体のフラグメント(商品名ルセンティス)は種々の新生血管抑制薬の開発が進められている。

 

3.角膜上皮の再生医療

(1)再生医療と角膜移植

再生医療は患者の体性幹細胞あるいは胚性幹細胞といった未分化な細胞を用いて、それをシャーレの中で培養して増殖・分化させ、目的とする細胞・組織・臓器を作り出し、それを移植する新しい医療である。再生医療の概念が提唱されたのは、1990年代はじめであるが、それが実際の患者さんの治療に使用された例は世界的にみても非常に少ないのが現状である。

眼科領域における培養細胞シート移植はすでに臨床で使用されており、再生医療のトップを走っているといっても過言ではない。

眼の最も前方に位置する角膜は血管が存在しない透明な組織であり、光情報を屈折させて網膜に結像させる役割や外界から眼球を保護する役割を担っている。上皮層、実質層、内皮層という3層構造からなり、外傷や眼疾患により、どの層が傷害されても、不可逆的な角膜混濁が生じ、著しい視力障害が生じる。このような角膜混濁の治療として、これまでアイバンク眼を用いた同種(アロ)角膜移植術が行われてきたが、ドナーの絶対的不足や免疫拒絶が大きな問題となってきた。

再生医療を導入することにより、患者本人の幹細胞を使用できれば、これらの問題点を克服できる。

(2)自家培養角膜上皮細胞シート移植の開発

筆者らは自家培養角膜皮細胞シートの移植による角膜上皮再生治療法を初めて開発し、患者の治療に成功した。アルカリ腐蝕などの片眼性の疾患の場合、患者本人の健眼の角膜上皮幹細胞は正常に維持されているので、健眼の輪部組織(角膜上皮幹細胞が存在する部位、角膜と結膜の境界部分)を使用する。

一方、 Stevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡などの両眼性疾患では、角膜上皮幹細胞の代用として患者本人の口腔粘膜上皮の幹細胞を細胞源とする方法を初めて開発した。幹細胞を温度応答性培養皿の中で培養して増殖させ、重層化した生体の角膜上皮層に類似したシート状組織を生体外で作成する。

口腔粘膜上皮の幹細胞を用いても、重層化した生体の角膜上皮層に類似した透明なシート状組織を生体外で作成することができた。本方法の臨床応用では、これまでに眼類天疱瘡やStevens-Johnson症候群、熱傷などの患者に対して行い、2年以上経過をみている患者を含め、有意な視力改善を得ている。今後、長期経過を観察する必要があるが、患者自身の口腔粘膜上皮幹細胞を使用した培養上皮細胞シート移植は、拒絶反応のない有効な再生治療法となりえると考えられる。

 

おわりに

眼は光酸化ストレスを持続的に受けるため、加齢によって生じる疾患が多い。本稿では、加齢性眼疾患に対する最新の治療法について紹介した。高齢化社会になりQOL(Quality of Life)が求められるが、眼科領域ではレーザー技術や再生医療、人工臓器などによる加齢性眼疾患の診断と治療、予防法が医工連携により年々開発され、QOV(Quality of Vision)が少しずつ達成されつつある。