第421回市民医学講座:食べて治す

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仙台オープン病院外科
部長 土屋 誉 先生

とき:平成20年4月17日. 午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

 

―患者さんを支える栄養サポートチーム―

 

はじめに

 

われわれ医師たちは、通常それぞれの専門分野において、患者さんの有する疾患に対して、薬で治したり、内視鏡で治したり、カテーテルで治したり、私の場合は手術で治している。

しかし、治療を受ける患者さんの栄養状態が不良である場合は、どんな治療であってもその効果は期待できない。こんな単純で明白なことが、臨床の現場ではないがしろにされていることも多い。医学教育には栄養療法についての講義は全くなかったし、臨床における栄養の重要性が特定の学会以外では取り入れられることが少なかったせいでもある。

 「食べて治す」というタイトルは日本で初めてNST(nutrition support team)を立ち上げた外科医、東口高志先生の取材をもとにした、NHKスペシャル番組タイトルを拝借したもので
ある。

本日は当院で行っているNST活動を紹介しながら、栄養療法の重要性と今日の医療に求めら
れているチーム医療についても言及したい。

NST活動の歴史

 

1970年代のアメリカで、「骸骨と化した入院患者」と題する論文が発表され、入院患者が栄養不良に陥っていることを医療関係者がようやく認識し始めた。栄養不良の患者は入院期間が長く、入院費も高くなることが明らかとなり、栄養不良患者を入院早期に改善することによる医療経済効果が大きいことが示された。

このようなことから、栄養アセスメント手法の確立と栄養サポートチームを設立する重要性が認識され、1970年代にボストンでNSTが誕生した。

本邦では、一般的に病院において栄養不良患者は40%前後存在するといわれているが、NSTが設立されたのは、アメリカから30年ほど遅れた1998年に三重県の鈴鹿中央病院に赴任した外科医、東口高志によってであった。その後、東口らの努力により、日本静脈経腸栄養学会が2001年にNSTプロジェクトを開始し、当初は全国で200施設にNSTを立ち上げることを目標とした。

当院でもその必要性を痛感し、2002年春から準備を開始し、秋には現在のNST活動のもととなる栄養スクリーニング方法とNSTラウンドのスタイルを確立した。宮城県では古川の永仁会病院についで2番目、仙台では最初の病院となった。

 

栄養管理実施加算の導入

 

NST活動は、いってみれば病院職員の有志によるボランティア活動のようなものであったが、学会の厚労省への積極的な働きかけが認められ、平成18年の診療報酬改定において栄養管理実施加算が導入された。

算定基準は常勤の管理栄養士が1名以上配置され、患者の入院時に患者ごとの栄養状態の評価を行い、医師、管理栄養士、薬剤師、看護師その他の医療従事者が共同して、入院患者ごとの栄養状態、摂食機能および食形態を考慮した栄養管理計画を作成(以下、略)することにより、1日1患者につき12点の保健点数が加算された。

この改訂によりNST活動が初めて病院の業務として認められ、まさしくチーム医療をしなければならないことが明記された。

これがNST活動の普及に拍車をかけ、現在では全国で1200以上の病院でNSTが活動することとなった。

 

NSTが病院を変える

 

東口はNSTを作った病院において、NSTというチーム医療を軸として、患者さんのために必要な病院の組織を全く新しいものに作り替えた。

適切な栄養療法を取り入れ、患者さんの回復を促進し、資源の無駄を省き、在院日数を減少させ、褥瘡、MRSA感染患者を減らし、結果的に病院は赤字を解消し、黒字になるまでにいたった。

現在ではNSTのほかに褥瘡チーム、感染対策チーム、緩和ケアチームなど、さまざまなチーム医療が行われているが、これまでの縦割り行政ならぬ、縦割り医療から脱却し、患者さんを中心に考えた、職種を越えた医療体制を整えることが、これからの病院の進む方向を示しており、患者さんに選ばれる病院の物差しになりうる。

職員にとっても、当院の嚥下リハビリを積極的に行っている看護師はこれまでの食事介助が「業務」から「喜び」に変わったと話しており、私自身も外科医ではあるが、栄養関係の仕事は「ライフワーク」として十分なテーマであると考えている。

つまりNST活動は患者さんのための活動であるが、これが病院スタッフのモチベーションの維持や病院経営自体にも影響を及ぼすほどの改革であることが認識されつつある。

 

NSTの組織

 

NST活動として認められるためにはTNT(total nutritional therapy)を受講した医師が1名いることが必要である。また数年前よりNST専門療法士制度が開始された。栄養士、薬剤師、看護師、臨床検査技師部門に分かれており、当院ではすべての職種において専門療法士が誕生した。

以上の部門のほかにソーシャルワーカーなど、多岐にわたる部門の参加が重要である。

メンバーの役割はそれぞれの専門性を生かし、さまざまな側面から患者さんの栄養を考えることである。

 

NST活動

 

入院患者さんの栄養スクリーニングおよびNST回診が最も重要な活動で、そのほか、ランチタイムミーティングでの委員会活動や栄養の知識の向上を図る勉強会の開催などである。

 現在、当院では入院患者さんのスクリーニング率は100%で、昨年は約7,000名のスクリーニングを行い、そのうち栄養療法が必要であると判定された患者さんは約40%であった。

栄養療法が必要とされた患者さんはNSTパスを適用し、栄養管理を行うこととしている。毎週、木・金曜日の2日ですべての病棟のNSTラウンドを行い、NSTパスで管理する患者さんのすべてのチェックを行い、ラウンドに参加したメンバーで最良の栄養療法について検討している。

基本的なチェック項目は栄養ルートが経口、経腸、経静脈のうち適切なルートを用いているか、必要エネルギーを満たしているか、栄養状態の判定用の採血をしているかなどである。

具体的な介入は適切な投与熱量、蛋白質量の提言、補助食品の提供、食事形態の変更(回数、嚥下食、シンプル食など)、病態別の栄養法の提言などである。褥瘡患者さんは局所治療に関しては褥瘡回診で検討し、NST回診にて栄養療法について検討している。

 さらに最近では嚥下リハビリチーム、口腔ケアチームも結成され、摂食障害のある患者さんや絶食中の患者さんの摂食に関するリハビリにも力を入れている。

 

消化器外科における術後管理の変更

 

NST活動を進めていくなかで、消化器外科の術後管理も大きく変化した。当科では胃がん、大腸がんの症例はすべて中心静脈カテーテルを挿入し、術後1週間の絶食のうえ高カロリー輸液を行っていたが、NST開始後には高カロリー輸液を原則として廃止した。

胃切除症例には術中に挿入した経腸栄養チューブから第1病日から経腸栄養を開始(早期経腸栄養)、大腸がん症例には術後早期(3~5日)から食事開始することとし、可及的に消化管を使用しない期間を短縮する方針とした。

術後早期から消化管を使うと、手術侵襲からの回復が早く、炎症性合併症の発生も少ないといわれている。

 

消化管を使うことの重要性

 

消化管は食物の消化が主な仕事であるが、消化に伴って多くの消化管ホルモンが分泌され、例えば血糖のコントロールにおいても経静脈的な投与に比べて有利な点がある。

また消化管には全身の免疫力の6割を担っていると考えられており、消化だけでなく、免疫力の維持にも重要である。

消化管は骨格筋と同じように使わなければ萎縮することが知られており、長期絶食においては粘膜の萎縮に伴い、免疫力の低下が引き起こされる。高カロリー輸液の発明は医療\の発展に大きく貢献したが、最近は高カロリー輸液の過度の使用が反省されており、栄養ルートの適切な選択はNSTの重要な課題となっている。

 

栄養管理の地域連携

 

在院日数が14日ほどの急性期病院において患者さんの栄養療法を完遂することは不可能である。従って、地域において病院、開業医、施設などでのシームレスな栄養管理が必要である。

当院ではソーシャルワーカーのネットワークを利用して、近隣の施設のスタッフに呼びかけてフルリールの会という勉強会を年3回開催している。

嚥下リハビリ、口腔ケアなどの技術を勉強することにより、地域全体のレベルアップを図る目的で活動を行っている。また、宮城野区、若林区の病院、開業医のスタッフを募って仙台東部栄養サポートネットワークという研究会を立ち上げた。

年2回の講演会を主催するとともに、実践的な活動を行うこととしている。まず、
地域連携胃瘻パスの作成に取り組み、本年4月に完成した。これからの運用により、胃瘻造
設や交換が患者さんにとってどの医療機関にかかってもスムーズにいくことが期待されている。

 

おわりに

 

NST活動は患者さんの栄養について病院のさまざまなスタッフが一緒に考えるというチーム
医療である。この活動により、患者さんが最も適切で効果的な治療を受けられることを目指し
ているが、そのためにはこれまでの縦割りの医療体制から脱却しなければならず、医療側の変
化が大きく求められている。