日本産婦人科医会がん対策委員
NTT東日本東北病院副院長
小澤 信義 先生
とき:平成21年3月14日(土)午後1時30分
ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター
2階ホール
子宮がんにならないために ―検診とワクチンで予防しましょう―
1)子宮頸がんの原因はヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染である
1983年にツールハウゼン博士は子宮頸がんの原因がヒトパピローマウイルス(HPV)であることを発見し、2008年ノーベル医学生理学賞を受賞している。現在では約100種類のHPVが確認され、そのうち15種類のハイリスク型HPVの持続感染が子宮頸がんに関係していることが確認されている。このうち13種類のハイリスク型HPV-DNAを検出できるハイブリッドキャプチャー2法が米国FDAで承認され、世界中に普及している。今後の子宮頸がん検診は、細胞診だけでなくHPV検査も組み入れたより精度の高い検診になりつつある。また、世界100カ国以上ですでにHPVワクチンは承認され、使用されている。日本でもHPV予防ワクチンが1年以内に承認されようとしている。
2)なぜ子宮がん死亡が増加しているのか?
最近の20年間に子宮がん死亡数・死亡率ともに増加している(資料1)。
資料1
その原因は①検診受診率の低下②子宮体がんの増加③若年子宮頸がんの増加等である。宮城県の子宮がん検診の受診率は平成3年以降減少し、死亡率は平成6年以降増加している(資料2)。
資料2
宮城県のがん登録によれば、子宮体がんは最近の約25年間に約3倍に増加している(資料3)。
資料3
20代の子宮頸がんは、全国統計によれば最近の25年間で約4倍に増加している(資料4)。
資料4
特に20代、30代の子宮頸がんの増加は、死亡率の増加の問題だけでなく、妊孕性の喪失につながる点も重大な問題である。子宮頸がんの若年化の原因は初交経験の若年化と考えられている(資料5)。
資料5
3)なぜ子宮はがんになりやすいのか?
第一に子宮は女性ホルモンの影響を受けることがあげられる。女性ホルモン特にエストロゲンは子宮内膜増殖症や子宮体がんの発生に深くかかわっている。第二には、子宮頸部には扁平上皮と腺上皮の境界部(移行帯)があることである(資料6)。
資料6
この移行帯は、細胞の変化が起こりやすく、異形成やがんへつながりやすい部
位である。また、思春期になりエストロゲンの影響を受けると、子宮の内側の腺上皮の外反(腺上皮が外側へめくり出てくる)が起こり、ヒトパピローマウイルスの影響を受けやすくなる。初交経験の若年化がHPVの感染率の増加につながり、若年子宮頸がんの増加につながっていると考えられる。
4)ヒトパピローマウイルスとは?
HPVはイボをつくるウイルス で、約100種類ある。低リスク型(6、11型など)は尖圭コンジローマの原因となり、高リスク型(16、18型など)は子宮頸がんの原因となる。非常にありふれたもので、皮膚と皮膚の接触で伝わり、性的接触の開始などにより腟内へ伝わる。20代の女性の約20~30%がHPV陽性である。ほとんど
の女性(約80%以上)が一度はかかっている。ほとんどの女性 (およそ90%)で、免疫の力で自然にHPV は消える。しかし、免疫や遺伝要因などもかかわり、約10%が持続感染し、その一部が異形成からがんへ移行する(資料7)。
資料7
世界の年間推計では子宮頸がん(浸潤がん)約50万人、高度扁平上皮内病変(前がん病変)約1,000万人、軽度扁平上皮内病変約3,000万人、検査で異常を認めないHPV感染は約3億人といわれている。HPVが陽性でも細胞診検査で異常がなければ、治療の必要はない。尖圭コンジローマは約3,000万人と推定されている。
5)HPV予防ワクチンについて
現在すでに100カ国以上でHPV予防ワクチンは承認され使用されている。世界で使用されているHPV予防ワクチンは現在2種類あり、2価ワクチン(16、18型)と4価ワクチン(6、11、16、18型)である。
①子宮頸がんの予防効果は?
16、18型HPVに関連する異形成・上皮内がんの予防効果は100%である(資料8)。
資料8
しかし日本のHPV16、18型の占める割合は約64%である。日本では16、18型以外に31、33、52、58型が多い。当院で検出されたHPVも16、18型以外に58型、31型、52型が確認される(資料9)。
資料9
②HPVワクチン接種対象年齢は?
子宮頸がん制圧をめざす専門家会議の推奨では、初交経験前が理想であり、11~14歳の女子としている。さらに、catch up対象は15~45歳女性としている。
③HPVワクチンの安全性は?
注射部位の疼痛、発赤、腫脹、発熱、筋肉痛などの症状はあるが、ワクチンに関連する有害事象による中止報告はない。
④HPVワクチンの効果はどのくらい持続するか?
自然獲得免疫に比較して、HPVワクチンは3回の筋注によって高い抗体価が維持される。接種5年後でも自然獲得免疫の約17倍の抗体価を維持していることから、かなりの長期間効果は維持されると考えられている(資料10)。
資料10
⑤HPVワクチンの他のがんへの効果は?
子宮頸がん以外のがんへのHPVの関与は、陰茎がんでは約40%、外陰・腟がんでは約40%、肛門がんでは約90 %、口腔咽頭がんでは約12%、と報告されている。16、18型HPVによる陰茎がん、外陰・腟がん、肛門がん、口腔咽頭がんは減少する。4価ワクチンによって尖圭コンジローマも減少する。
⑥HPVワクチンの費用は?
合計3回の接種で、費用はおよそ360ドル(約4万円)である。日本では未定である。ただし、オーストラリア(2007年4月)をはじめ、ニュージーランド、カナダ、ヨーロッパ諸国の一部では公費負担で無料接種である。
⑦HPV16型、18型以外への効果は?
HPV16、18型以外への効果は原則的にはない。一部にクロスプロテクション(16,18型以外への予防効果)の報告はあるが、あまり期待できない。
⑧HPVワクチン接種後も子宮頸がん検診を続けるべきか?
すべてのHPVを予防するわけではないので、子宮頸がん検診は継続すべきである。
6)子宮頸がん検診とHPV予防ワクチンをどう普及させるか?
子宮頸がん受診率は、米国82%、フランス75%、カナダ72%であるの対し、日本は24%と低い。検診に対して欧米が国策として取り組んでいるのに対し、日本は有料で市町村に任せている。もうすぐ承認される予定のHPV予防ワクチンが普及するかどうかも、国策(定期接種や無料化)として普及に取り組むか否かにかかっていると考えられる。現在日本の子宮頸がんは年間15,000人(浸潤がん8,000人、上皮内がん7,000人)発病し、約2,500人死亡している。将来的には、検診と
HPVワクチンが普及すれば、子宮頸がんはほぼ100%予防可能な時代になる。子宮頸がんの死亡を防ぐだけでなく、妊孕性温存のためにも、さらには少子化対策としても、検診とHPV予防ワクチンの普及には国策としての取り組みが必要である。