第434回市民医学講座:高血圧症の迷信と真実

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仙台社会保険病院
健康管理センター長

角田 一男 先生

 

と き:平成21年5月21日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

高血圧症の迷信と真実

皆さま、こんにちは。高血圧は大変ありふれた病気ですが、それゆえ、間違った知識、いわゆる迷信も巷間にはびこっています。そこで本日は高血圧にまつわる迷信と、その真実についてお話しさせていただきます。

まず血圧とは血液が動脈の壁にかける圧力をいいます。血圧は心臓が送りだす血液の量と動脈の抵抗によって決まります。高血圧の原因として最も問題となるのが、塩分、肥満、動脈硬化です。患者さんのなかには「俺だけは大丈夫だろう」という自信過剰型、「降圧薬を飲んでいるから大丈夫だ」、「大病院に行っているから大丈夫だ」、などという他人任せ型の方が多数いらっしゃいますが、これは全くもって大丈夫ではありません。高血圧は自己管理が一番重要なのです。その点、高血圧に疑問を持ち、本日、ご来場いただいた皆さまは大丈夫です。

【迷信その1:若いころから血圧が高めで慣れているから明日も大丈夫だ?】

これは間違いです。若いころから血管が長期間、高血圧によって痛めつけられているわけですから、早晩、重大な合併症つまり、脳卒中、心筋梗塞が起きる可能性が他人より高いことになります。いわば、時間の問題、時限爆弾のようなものです。また高血圧では、自覚症状をほとんど、感じません。つまり麻痺や胸痛を自覚したときは、寿命の瀬戸際となるわけです。音も無く忍び寄り死をもたらすため、欧米では「サイレント・キラー」と呼ばれるゆえんであります。言い換えれば「災いは突然やって来る」ですね。高血圧は心筋梗塞や脳卒中を起こしますが、心筋梗塞の場合、すみやかなカテーテル治療によって、多数の方々が社会復帰を果たします。しかし、脳卒中では命を永らえても、なんと約4割の方がなんらかの介護を必要とし、社会復帰が困難となってしまいます。米国では脳卒中の発症率に比べて心筋梗塞が3倍多いのに対して、日本ではその逆で脳卒中の発症率が心
筋梗塞の4倍多いといわれていますので、日本人は脳卒中を予防するためにも、もっと高血圧治療に関心を持たなくてはなりません。ここでプチトリビアです。脳卒中とは、「卒然として邪風に中(当)たる」に語源を発しています。

【迷信その2:最高血圧142、最低血圧92 って他人と同じくらい?ちょっと高め?】

成人において老若男女に関係なく、最高血圧で140以上、最低血圧で90以上、そのいずれか一方でも該当すれば高血圧と診断されます。仙台社会保険病院健康管理センターで調べた結果、お薬を飲んでいない12,405人のうち、最高血圧140以上または最低血圧90以上の方はわずか24%のみでした。よって最高血圧142とか最低血圧92というのは他人と同じではなく少数派であること、ましてはちょっと高めどころか、立派な高血圧なのです。ちなみに最高血圧180以上あるいは最低血圧110以上を示す頻度は、私たちの12,405人の検討では1%でした(図1)。


1.jpgつまり100人に1人しかいないことになります。さて、高血圧はその値によってI度、II度、III度の3つのカテゴリーに分類されます。以前の軽症、中等症、重症という分類は誤解を招くので使いません。正常血圧は最高血圧130未満かつ最低血圧85未満です。正常血圧と高血圧の間に正常高値血圧という分類がありますが、こ
れは高血圧予備軍とされ、老若男女に関係なく、正常血圧より明らかに脳卒中や心筋梗塞を起こしやすく、定期的な経過観察を必要とされます。一方、正常血圧より低いところ、つまり最高血圧120未満かつ最低血圧80未満に至適血圧があ
ります。これは長生きするには、正常血圧よりさらに望ましい血圧とされています(図2)。

 


2.jpgこれは50歳未満でも、60歳代でも70歳以上でも、至適血圧の方は長生きすることがわかったため、設定されました。これらを踏まえて日本高血圧学会では今年の1月に高血圧治療ガイドラインを改訂しました。河北新報平成21年3月23日に「血圧正常高値も要注意」と書かれた記事がございました。

【迷信その3:高血圧は加齢現象?血圧値は年齢+100 ?】

確かに文明国では、加齢とともに血圧が上昇します。しかし、よく調べてみると、日本人に比べて米国人も加齢とともに血圧が上昇しますが、その程度がゆるやかです。さらにフィジー島の住民ではさらに加齢による血圧上昇がゆるやかです。この違いは1日の食塩摂取量の違いで説明できます。食塩摂取量が多い国民ほど加齢による血圧上昇が大きいのです(図3)。

 


3.jpgちな
みに食塩を全く摂取しない南米のヤノマモ族は一生、最高血圧110、最低血圧70です。つまり食塩の無いところには高血圧も無いのです。ルバング島から生還した小野田少尉やグアム島で救出された横井軍曹は30年間、ほとんど食塩を
摂取していない状態でしたが、救出された当時の血圧はヤノマモ族と同じ血圧でした。つまり、高齢になって血圧が上がるというのは一生にわたる食塩過剰摂取の累積状態ともいえます。言い換えれば、若いときから塩分を減らした食事習慣を続ければ高血圧にならないという証しなのです。

【迷信その4:塩には、いい塩と悪い塩がある?】

100%塩化ナトリウムの精製塩は体に悪い塩で、海水を天日で干した塩やヨーロッパの山奥で取れた有名な岩塩や、地名のついたナントカ塩はミネラル分があるから体にいいという話を聞いたことがありませんか。とんでもない迷信です。確かに味は多少違いますが、高血圧からみたら、すべて塩化ナトリウムとして同じもの
です(図4)。

 


4.jpg体にいいわけがありません。さらに食塩の取りすぎは胃ガンのもとです。アジア人、特に日本人に胃ガンが多いのは食塩の過剰摂取が原因の一つとされています。全世界規模で行われた研究によると、摂取食塩量が多ければ血圧が高く、摂取食塩量が少なければ血圧が低いことがわかっています。現在、日本人の平均食塩摂取量は1日当たり11.4gですが、国際的目標値である6.0gを目指してください。食塩の過剰摂取はのどの渇きを起こし、それは飲水による体液量増加を招きます。増加した体液量や塩分を尿として排泄するため腎臓は過重労働させられ、疲弊した結果、腎不全になります。腎不全になるとますます体液量が増えます。これらが悪循環して食塩過剰摂取による高血圧が進行すると思われます。欧米の研究で食塩摂取量と脳卒中発症頻度が強く関連していることがわかったのはごく最近のことですが、驚くべきことに、中国の黄帝は既に紀元前2500年ごろ、
「食塩を取り過ぎると脈は強く固くなる。脈が鉄を打つように激しく触れるときが病の始まり」と看破しています(図5)。

 


5.jpg【迷信その5:白衣高血圧は無害?】

先ほどの高血圧基準は診察室で測定した血圧に基づいていますが、皆さまのなかには診察室で測ると血圧が高く、家庭で測る血圧が高くない方がおられると思います。これを白衣高血圧(診察室高血圧)といいます。長年、白衣高血圧は無害とされていましたが、実は心臓の重さでみると、白衣高血圧の方は正常血圧の方より重く、より血圧の影響を受けていることがわかりました。また、白衣高血圧を2.5年から6年ほど経過を観察していますと、約4割から7割が本当の高血圧に移行することもわかりました。よって、現在では白衣高血圧は無害といえず、3~6カ月ごとの経過観察が必要とされています(図6)。

 


6.jpg【迷信その6:病院での血圧が正常だから大丈夫?】

必ずしも大丈夫ではありません。血圧は日中に比べて、睡眠時に下がるのですが、なかには早朝に上がる早朝高血圧や睡眠中も血圧が下がらない夜間高血圧があります。これらは外来血圧だけではわからないため、仮面に隠された高血圧といわれています。さらに、脳卒中や心筋梗塞は早朝に起きることが多く、その原因に早朝、急激に上昇する血圧が挙げられています。またストレスも高血圧の原因ですが、午前5時46分に起きた阪神淡路大震災は、早朝と地震によるストレスという2つ要因が重なったため、脳卒中や心筋梗塞が多発しました。今後30年以
内でマグニチュード7.5以上の地震発生率は宮城県沖地震が全国第1位の99%となっておりますので、高血圧の観点からも地震にはご注意ください。さて、仮面高血圧の原因ですが、1.お薬が朝まで効いていない、2.睡眠不足や深酒、3.腎不全や心不全や進行した動脈硬化症、4.肥満による睡眠時無呼吸症候群、5.血圧のホルモン異常などがあります(図7)。

 


7.jpg睡眠時無呼吸症候群は突然死の原因でもありますので、いびきがある人は注意しましょう。このように、白衣高血圧も仮面高血圧も、家庭血圧を測ることによってわかるものです。診察室血圧は1~2カ月に一度しか測定しませんが、家庭血圧は毎日、測るものです。つまり、よりきめ細かい高血圧治療が可能となります。家庭血圧を測ることは、積極的にご自身の高血圧治療にかかわることなのです。家庭血圧計は上腕デジタル血圧計のみが推奨されます。指血圧計や手首血圧計は推奨されませんので購入時、ご注意ください。

【迷信その7:家庭血圧が136/86程度だから大丈夫?】

答えは、大丈夫ではありません。家庭血圧は最高血圧135以上あるいは最低血圧が85以上の場合、高血圧となります。つまり診察室での高血圧基準値より、マイナス5の値です。なお家庭血圧での正常血圧は最高血圧125未満かつ最低血圧80未満です。家庭血圧は朝と就寝前、排尿後連続して2~3回測り、すべての測定値を担当医にお見せください。また血圧は変動しやすいものですので、測定ごとに一喜一憂してはいけません。(図8)

 


8.jpg朝あるいは夜の家庭血圧が明らかにいつもより高い場合は、必ず直前の生
活習慣に異変があったはずです。例えば、寝不足、深酒、塩分や食事の過剰摂取、ストレスなどが思い当たるのではないでしょうか。それこそ、高血圧の元凶なのです(図9)。

 


9.jpg【迷信その8:降圧薬は飲み始めたら、一生やめられない?迷信その9:降圧薬を飲んだら血圧が下がったので高血圧が治った?】

誰でも薬なぞ飲みたくないものです。高血圧協会宮城県支部が行った公開高血圧教室でのアンケートによると、高血圧の患者さんが最も興味のあることの一番として「降圧薬はずっと飲み続けなければいけないのか」を挙げていました(図10)。

 


10.jpg残念ながらほとんどの高血圧は、薬で治すことはできません。患者さんのなかに
は、一度、降圧薬を飲み始めたら一生やめられなくなるから、飲みたくない、とおっしゃる方がいます。これも本末転倒ですね。例えば、眼鏡をかけたら、一生眼鏡をかける目になるのでしょうか。これと同じで降圧薬を服用するというのは、脳卒中や心筋梗塞にならないように降圧薬を飲まざるを得ない状態に陥っているにす
ぎないのです。ただし、塩分に注意し、体重を減量し、適度な運動習慣を身につけ、飲酒も控え、禁煙して規則正しい生活をおくれば、高血圧の原因が減るわけですから、服用する降圧薬の錠数も減るでしょうし、夏など血圧が自然に低下する時期には休薬も可能な場合があります。

【迷信その10:血圧は高い方が調子いいので、服薬したくない?】

この場合、白衣高血圧、降圧薬の副作用、血圧の下がりすぎなどが考えられます。どの例も高齢者に多いので、「降圧はあせらず、ゆっくり、確実に」が原則となります。また降圧薬を服用後、体調が不良になった場合は、すみやかに担当医に相談してください。

【迷信その11:漢方薬は安心?】

漢方薬の服用によって血圧が上がる場合があります。多くの漢方薬に含まれる成分の一つである甘草は、腎臓でナトリウムの吸収を促進して血圧を上げるためです。血圧がいつもと違うなと思ったら、ご自分の漢方薬の成分表を確認されることも大事です(図11)。

 


11.jpg【迷信その12:高齢者は過食しない?運動不足?】

さて、話はちょっとそれますが、「高齢者高血圧の治療」について説明します。減塩、適正体重、運動は高齢者においても高血圧治療の基本です。運動習慣を有する割合は成人の中で高齢者が最も高いのですが、運動の中身が問題なのです。野球やサッカー、重量上げなどは危険であり、ゴルフや登山、階段昇降は注意を要します。最も安全で有効な運動として、ニコニコペースの早歩きが薦められます。ニコニコペースの早歩きとして、脈拍数毎分140−(年齢÷2)の値で30分間毎日行うといいでしょう。高齢者においても若年者同様に肥満係数は年々、高く
なっており「間食」も含めた摂取カロリーにも問題があると思われます。さらに食塩摂取量も高齢者では若年者や壮年者と同じか、それ以上多いこともわかっています。加工食品にはナトリウム表示(g)があります。その値に2.5を掛けると含有食塩量(g)が計算されます。また、ご自分の1日の食塩摂取量を知るには起床時の
尿の一部をかかりつけ医に持参していただければ、時間が多少かかりますが、大体の値がわかります。

【まとめ】

敵を知り、己を知れば、百戦危うからずと、紀元前500年ごろの中国の兵法家孫武が著した「孫子」に書いてあるように、敵(塩分と肥満)を知り、己(自分の家庭血圧)を知れば、百戦危うからず(健康超高齢者)となるわけですね(図12)。ご清聴ありがとうございました。
付記:参加者数は191名。


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