第439回市民医学講座:ひざの痛みの治療

21.10.15.jpg

本間記念仙台北整形外科

院長 杉田 健彦 先生

と き:平成21年10月15日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

 

ひざの痛みの治療 ―くすり、注射から人工関節手術まで―

健康寿命という考え方が広まっている。健康寿命とは、寝たきりにならずに健康で生き生きと、しかも心豊かに生活できる期間のことであり、世界一の長寿国となった今、健康寿命を少しでも延ばしていくことが、個人的にも社会的にも重要な課題である。日本整形外科学会では、運動器(骨、関節、筋、神経など)におこる障害を「運動器症候群=ロコモティブシンドローム、略してロコモ」と名づけ、高齢者が介護を受けずに自立した生活を送るために、運動器の障害に早く気づき、正しく運動器を訓練していこうという運動に取り組んでいる。

 

中高齢者の運動器におこる障害は腰と膝に最も多く、膝では変形性膝関節症が大部分をしめる。日本では現在、50歳以上の女性の75%(1,840万人)、男性の50%(1,240万人)にレントゲン上で変形性膝関節症の所見がみられ、そのうちの1/3、約1,000万人が膝に痛みを有しているといわれている。以下、変形性膝関節症の症状、診断、治療について述べる。

1)症状:初期の症状は、曲がりにくくなることによる症状、つまり正座やしゃがみ込みで痛いということが多い。また、立ち上がるときや歩き始めに痛いが、歩いてしまうと痛みはなくなる、あるいは軽くなるというのがこの病気の特徴である。進行すると、歩き始めて痛みは軽くなるが、歩いているとまた痛みが増してくるというふうに徐々に痛みが増強していく。ほかに内反変形、伸展制限、関節水腫などがある。関節水腫に対して関節穿刺をしようとすると、「水を抜くと癖になりませんか」というような質問を受けることがある。こういうときには、「抜いてみないとたまっているものが水(関節液)か血液か分からない。血液であれば関節の中で何かが壊れているか、腫瘍なども考えなければならないし、水でも変形性膝関節症などでは透明であるが、濁っていれば関節リウマチ、痛風、感染などを疑う必要がある。だから診断のために抜くことは必要である。また抜くから癖になってたまるのではなく、関節の中に水がたまる原因があるからたまるのである。さらに、水がたまって苦しかったら抜くしかない」と説明するようにしている。

2)診断:診断にはレントゲンが不可欠である。進行するにつれて関節裂隙幅は減少する。関節裂隙幅の評価には立位でのレントゲン像が必要である。鑑別診断としては、半月板損傷、膝周囲の骨脆弱性骨折、腱や靭帯、あるいはその周囲の炎症、関節リウマチ、骨壊死、痛風、偽痛風、一過性骨萎縮症など種々のものがあげられる。それぞれ治療法が異なるので、正しい診断と、それに基づいた正しい治療方針を立てることが必要である。

3)治療:変性、摩耗した軟骨を再生することは現在の医学では困難である。ただ、「軟骨が減ったことによって出てくる痛みに対してはいろいろな治療法があるので、気長に治療することが大切ですよ」と説明してあげることが大切であろう。

治療に関して今回は、人工膝関節手術について述べる。日本整形外科学会の調査によると、1996年から2005年までの10年間に人工膝関節手術数は約3倍に増えており、2008年には全国で約35,000例行われている。人工膝関節手術の成績に関しては、以前は10年生存率が95%程度とされていたが、最近では15年以上でも95%程度の生存率を維持しているとの報告もみられる。70歳以上であれば耐久性に関してはほぼ問題ないといえるだろう。次に、日常診療でどのような人に人工膝関節手術を勧めたら良いのか、すなわち手術適応について述べる。①レントゲンで高度な変形:立位のレントゲンで、少なくとも関節裂隙が消失している、すなわち関節軟骨が完全に消失していることが必要であると考える。極めて高度な変形であっても、骨移植を併用するなどして手術は可能になってはいるが、手技が難しくなることによる合併症などを考えると、高度になりすぎないうちの手術の方が、お互い(患者も医者も)楽であろう。②日常生活に支障を来すような痛み:例えば「デパートに行っても満足に見て回れない」とか「友達に旅行に誘われたが、迷惑をかけるかと心配で断った」などが、手術を受けるきっかけになることがある。また、「老夫婦二人の生活なので、今のうちに痛みのない膝にしておきたい」とか「娘夫婦が共働きなので、孫の面倒をみてあげたい」などで手術に踏み切ることもある。③本人の意欲:「家族に勧められたから」ではなく、「手術をしてでも痛みなく歩きたい、痛みから解放されてこれからの人生を過ごしたい」という本
人の意欲が大切であると考える。④全身状態:もちろん術前に慎重に検査するが、全身状態は年齢がすすむにつれて低下するし、変形性膝関節症も年齢とともに悪化する(少なくとも良くはならない)ということを考えると、「あのときにやっておけば良かった」と後に後悔しないように、適切な時期に手術を勧めてあげることも
必要であろう。⑤年齢:基本的に年齢制限はなく、あくまで個人の状態による。ちなみに筆者が行った最近100例の人工膝関節手術では、年齢は51歳‐87歳、平均73歳であり80歳以上が13例であった。また約半数の49例が、いわゆる後期高齢者といわれる75歳以上であった。80歳以上でも手術は可能であり成績も良好ではあるが、70歳代の人の方が回復が早く、リハビリもスムーズであるということもまた事実である。

以上、高齢者の自立を妨げる可能性のある疾患としての変形性膝関節症について述べたが、手術、特に人工膝関節手術の成績は非常に向上しており、変形や疼痛の高度な人に対しては、時機を失することなく手術を勧めることも必要であることを強調したい。