第453回市民医学講座:結核は昔の病気ではありません

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JR仙台病院 内科・健康管理センター長

佐藤 研 先生

と き:平成22年12月16日(木)午後1時30分

ところ:仙台市急患センター・

     仙台市医師会館2Fホール

 

 

 

結核は昔の病気ではありません

大河ドラマ「龍馬伝」をはじめ、テレビは幕末から明治期に材を得た番組ばやりである。そこに登場する維新の英傑や明治の文豪には、結核にかかり志半ばにして倒れた人々も少なくない。長州藩で奇兵隊を組織した高杉晋作は明治維新を見届けることなく27歳の若さで死去したし、近代俳句の創始者である正岡子規も34歳で結核に倒れている。「坂の上の雲」では、子規の喀血するシーンがよく出てきた。また、森 鴎外の死因は結核ではないけれども、医師である彼は自分の痰を顕微鏡で観察して結核菌を見つけている。このように、ひところの結核は歴史
上の人物も免れ得なかった、広範な国民の命を奪う”亡国病” であった。年間17万人にも達していた結核の死亡数は戦後になって著しく減少した。しかし、いまだ2,000人以上の命を奪う”わが国最大の感染症” であることに変わりはない。
「結核は決して昔の病気ではない」のである。

1.わが国における結核の現状

2009年の患者発生数(新規登録者数)は全国で24,170人、罹患率(人口10万対)にして19.0であった。統計が残る1962年の罹患率が400を超えていたことを考えると著しい減少といえるが、最近では減少速度も鈍化しており、対前年比で0.4減にとどまっている。また、罹患率19.0という数字も先進諸国に比べると依然として高く、わが国はまだ結核の中まん延国といえる状況にある。減少速度鈍化の原因の一つは人口の高齢化である。新規登録者に占める高齢者の割合は年々少しずつ増え続け、2009年には70歳以上が半数を超すに至った。罹患率の地域差も依然として大きく、全体として西高東低の傾向が続いている。特に人口密度の高い地域、大都市での発生が目立つ。幸いにも東北地方の罹患率は低く、また政令指定都市間の比較でも仙台市は札幌市、新潟市に次いで低い。

 

2.結核とはどんな病気か

結核菌は結核患者の出す咳やくしゃみの飛沫に乗り、別の人の肺に吸い込まれることによって感染する。結核菌が肺に入ると、間もなく体の防衛システム(免疫)が働いて結核菌をとり囲み、小さな「核」を作り、結核菌を閉じ込めてしまい発病を防ぐ(それで「結核」という名前がついた)。このように、結核に感染しても、健康で体力があれば免疫力が働いて結核菌の増殖が抑えられて発病しない。ところが、栄養状態が悪かったり、生活習慣病で免疫力が低下したり、加齢とともに体力が衰えてきたりすると、結核菌に免疫力が負けてしまい発病する場合がある。一般に、感染から発病にいたる割合は10%前後とされている。ただし、感染する側の
要因によって異なり、乳幼児期(特にBCG未接種)での感染では発病率が高く、また成人でも免疫力が低下した状態(糖尿病、がん、抗がん剤・ステロイド剤・免疫抑制剤の使用、胃切除、人工透析、低栄養、大量飲酒など)では発病率が高いことが知られている。

 

3.なぜ結核は減らないのか

前段でも述べたが、人口の高齢化が原因の一つである。すなわち、若いころに感染した結核菌の一部が肺の中で冬眠している高齢者では、生活習慣病や加齢で免疫力が低下したり、病気の治療に免疫抑制剤などが使われたりすると、菌が活動を再開して発病が促される可能性がある。一方、若年者や働き盛りの多くは結核菌に感染した経験がないので免疫力が弱く、感染を受けると発病しやすい。また、近代化されたオフィスは気密性が高く、結核菌を含んだ空気が職場内にとどまりやすいこと、長時間の残業や不規則な生活などが抵抗力を弱くすること、仕
事の忙しさで受診が遅れ病気が進行してしまうことなども発病の原因となりうるだろう。

 

4.どんな症状があるのか

結核菌に感染し、免疫による防衛に失敗して発病すると、初期のうちは咳、痰、微熱、寝汗、だるさなど、カゼに似た症状が出る。さらに病状が進むと血痰をみたり、喀血したりすることがある。薬を飲んでも2週間以上咳が長引いたり、熱が続いたり、全身のだるさが取れなかったりする場合は要注意。レントゲン撮影、血液
検査、そして決め手となる痰の検査を受けることが早期発見につながる。

 

5.どのように診断するのか

基本はレントゲン撮影と痰の検査である。痰の検査にはさまざまな方法があり、顕微鏡で痰の中の結核菌を見つけたり、培養して結核菌を確認したりする。しかし結核菌の増殖は非常に遅いので、培養の結果が出るには1カ月以上もかかる。そこで、最近では特殊な方法で結核菌の遺伝子を見つけ出す検査も行われるようになり、すばやい診断が可能になった。結核の早期発見は周囲に感染を広げないためにも重要である。そのためにはレントゲン撮影による定期検診が欠かせない。とりわけ、以下に該当する方々には毎年の受診をぜひお勧めしたい。

  
◦結核罹患率の高い高齢者
◦過去のレントゲン撮影でふるい影があるといわれたことのある人
◦発見が遅れた場合に集団感染を起こしやすい職業の人(教職員や医療従事者など)
◦接客業や小規模事業所の従業員
◦社会福祉施設などの入所者および職員

 

6.どのように治療するのか

現在のところ10種類の薬が抗結核薬として承認されており、それらを複数組み合わせて治療するのが原則である。もっとも典型的な方式では、抗結核薬4種類を2カ月、その後2〜3種類を4カ月(計6カ月間)、通院しながら内服する。全身状態が悪い場合や周囲に感染の恐れがあるときは入院治療が必要となるが、その場合でも有効な治療を行うと数カ月で菌の活動が停止するので、その後は通院治療となることが多い。治療を中断する可能性のある患者や服薬支援が必要な患者では、対面して患者が服薬するのを直接確認する(DOTS、ドッツと呼ぶ)方法をとることもある。いずれにしても、症状が良くなったからといって勝手に服薬をやめないことが大切である。「結核は正しく治療を続ければ治る病気である」ことをあらためて強調したい。

 

参考図書
 砂原茂一・上田 敏
 「ある病気の運命」東京大学出版会 1984年
 財団法人結核予防会編
 「結核の統計2010」結核予防会 2010年