第455回市民医学講座:正しいリハビリの方法とその効果

上月正博先生.jpg東北大学病院リハビリテーション部長・教授

上月正博 先生

と き:平成23年2月17日(木)午後1時30分

ところ:仙台市急患センター・

     仙台市医師会館2Fホール

 

 

 

正しいリハビリの方法とその効果

―循環器・呼吸器疾患編―

はじめに
呼吸・循環障害にみられる症状・障害には共通点が多い。第一に呼吸器障害や循環器障害により、運動に必要な四肢の筋肉への酸素供給が不十分になること、第二に、「息切れ」という共通の症状のために運動量が減ることで廃用症候
群の合併が多くなることがあげられる。また呼吸・循環障害に対するリハビリテーション(以下、リハ)に関しても、下肢の運動療法を中心に行うべきことや、教育や食事療法、薬物療法などを組み合わせたいわゆる包括的リハの重要性が指摘されていることも共通している。しかし、呼吸・循環障害の病態や背景因子、リハの
効果など、さまざまな点で相違点があることも事実であり、共通点と相違点を対比させる形で論じてみる。

1.呼吸障害と循環障害
呼吸障害の主訴は労作時息切れである。障害が進むにつれて、平地歩行、会話や着物の着脱の際にも息切れがしてスムーズに動作を完了できない場合が多い。息切れへの恐怖感や不安から活動に対して消極的になるため、座ってばか
りや寝てばかりいるという生活に陥りやすい。このような身体活動量の低下は、下肢体幹筋の萎縮をはじめとした身体機能の低下である「廃用」を招き、労作時の呼吸困難をさらに増す方向に働く。こうして、呼吸困難、活動量低下、身体機能低下、という悪循環を繰り返すことになる。その結果、ますますADLが低下しQOLは
悪化していく。この状況の阻止のため、呼吸リハは重要な役割を果たす。

虚血性心疾患に対して、最近は、PTCAあるいはステント挿入などの再灌流療法が行われるので、狭心症や心筋梗塞後の冠動脈残存狭窄の割合は少なくなり、運動中の狭心痛の出現も少なくなった。問題になりやすいのは、心機能低下に基づく心不全としての症状である。

2.呼吸リハ、心臓リハの定義とエビデンス
呼吸リハは、「呼吸器の病気によって生じた障害を持つ患者に対して、可能な限り機能を回復、維持させ、これにより、患者自身が自立できることを継続的に支援していくための医療である」と定義されている。一方、心臓リハは、「個々の患者の心疾患に基づく身体的・精神的影響をできるだけ軽減し、突然死や再梗塞のリスクを是正し、症状を調整し、動脈硬化の過程を抑制あるいは逆転させ、心理社会的ならびに職業的な状況を改善することを目的とする」と定義されている。心臓リハにおいては、死亡率・再発の防止と動脈硬化の改善をはかるという一歩踏み
込んだ表現になっているのは、これまでのエビデンスの強さの違いからくるものと考えられる。

冠動脈再灌流療法の進歩や急性冠症候群の管理の進歩により、入院期間が短縮しているが、心臓リハのエビデンスは心筋梗塞や心不全を発症して入院してから自宅へ退院するまでの急性期心臓リハによってではなく、社会復帰を目標とした回復期心臓リハにより①運動耐容能の増加②冠動脈硬化・冠循環の改善③冠危険因子の是正④生命予後の改善⑤QOLの改善などのめざましい効果が示されている。心臓リハの有効性が認められている循環器疾患には、心筋梗塞の
ほかにも、狭心症、冠動脈バイパス術後、心臓弁膜症術後、大動脈瘤手術後、心不全、心臓移植後などがある。

一方、呼吸障害においては、COPD患者に対する呼吸リハの必須要素として、歩行筋の運動トレーニングプログラムが推奨され、呼吸リハの効果として①運動耐容能の増加②呼吸困難の改善③健康関連QOLの改善④入院日数など医療
資源利用率の減少などが明らかになった。一方、本邦で盛んに行われている口すぼめ呼吸や腹式呼吸などの呼吸理学療法の有効性は明らかとは言えず、「呼吸筋トレーニングを呼吸リハビリの必須要素としてルーチン使用することを裏づけ
る科学的エビデンスはない」とされている。

3.低いリハへの参加率とその原因
2006年の診療報酬改定では「呼吸器リハ料」や「心大血管疾患リハ料」が算定されるとともに、心不全や末梢動脈疾患など新しい分野へのリハ料も認められた。

われわれは、2005年に宮城県内在住の在宅酸素療法患者598名にアンケート対象調査を行った結果、呼吸リハの経験がある患者は42%と全国調査と同様の結果であった。また、呼吸リハの説明を受けた患者の87%は呼吸リハ経験がある一方、呼吸リハ経験のない患者の91%は呼吸リハの説明を受けていなかった。すなわち、患者がリハに参加するか否かは、主治医がその説明をするか否かに左右されることが明らかになった。

一方、心臓リハ実施状況を見ると、循環器専門医研修施設で「心筋梗塞患者の急性期心臓リハを実施している」施設は約半数、「心筋梗塞患者の回復期心臓リハビリを実施している」施設は2割強にすぎなかった。その理由として、主治医が心臓リハを勧めない、遠距離のためリハ通院が困難などがある。循環器・呼吸器疾患に対するリハの有効性は既に明らかであるので、患者から絶大な信頼を受けている主治医やかかりつけ医は、呼吸・循環リハを患者に積極的に勧めるか、行っている施設に紹介すべきであると考えられる。

おわりに
呼吸・循環障害のリハのゴールは単に在宅生活におけるADLの自立やQOLの改善にのみあるのではない。呼吸・循環障害のリハは、長期的な包括的リハによる原疾患の再発防止、生命予後の改善、動脈硬化性疾患の予防・治療、動脈硬化巣そのものの改善など、「攻めの医療」としての役割も担っている。すなわち、これまでの「医療 扌 寿命の延長(Adding Years to Life)」、「リハ 扌 生活の質の改善(Adding Life to Years)」に対して、「呼吸・循環のリハ 扌 寿命の延長と生活の質の改善(Adding Life and Years toYears)」であるわけであり、呼吸・循環のリハは今後ますます重要な分野となると考えられる。

文献
上月正博編。新編 内部障害のリハビリテーション。医歯薬出版、2009.
江藤文夫、上月正博、植木 純、牧田 茂編。
CR別冊 呼吸・循環障害のリハビリテーション。医歯薬出版、2008.