第456回市民医学講座:過活動膀胱

波間先生.jpg

東北労災病院泌尿器科

浪間 孝重 先生

と き:平成23年5月19日(木)午後1時30分

ところ:仙台市急患センター・

     仙台市医師会館2Fホール

 

 

 

トイレが近くて困っていませんか?

―過活動膀胱の話―

1.はじめに
まず正常な排尿について考えてみましょう。正常な生理的排尿機能とは、下部尿路である膀胱と尿道を上手に使って貯めたり(蓄尿)、出したり(排出)することです。加えて、私たちヒトでは時・場所・状況(TPO)をわきまえた排泄、すなわち社会的排尿行為も正常であることが求められます。ですから、正常な排尿習慣とは、「トイレのことを気にしない生活」と換言できます。この正常な排尿の不具合から、さまざまな下部尿路症状が起こります。なかでも頻尿や尿もれは、「トイレのことが頭から離れない生活」を余儀なくされ、生活の質(QOL)を大きく損なう病態とされています。今日はそんな病気の代表である過活動膀胱のお話です。

2.過活動膀胱はどんな症状ですか?
過活動膀胱(Over Active Bladder:OAB)は、2002年に国際禁制学会が提唱した新しい疾患概念です。過活動膀胱とは「尿意切迫感を中核症状とし、通常は昼間頻尿および夜間頻尿を伴い、切迫性尿失禁を伴うこともあれば伴わないこともある症状症候群」と定義されています。昼間頻尿とは、日中の排尿回数が多いという愁訴でおおよそ8回が目安とされています。夜間頻尿とは、夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという愁訴とされています。切迫性尿失禁は、尿意切迫感と同時またはその直後に不随意に尿がもれるという愁訴とされてい
ます。そして、過活動膀胱の中核症状すなわち最も重要な症状である尿意切迫感とは「急に起こる、抑えられないような強い尿意で、我慢することが困難なもの」と定義されています。尿意切迫感とは、突然襲ってくる正常な尿意とは全く別の病的な感覚ということになります。なぜ、過活動膀胱では尿意切迫感が中核症状なのでしょうか。それは、すべての過活動膀胱の症状は尿意切迫感からはじまると考えられているからです。

 

3.過活動膀胱はなぜ起こるのですか?
過活動膀胱の病因は大きくふたつに大別されます。脳卒中などの神経疾患が原因の神経因性過活動膀胱と、それ以外の非神経因性過活動膀胱です。頻度は1:9で非神経因性過活動膀胱が大部分を占めるとされています。非神経因性過
活動膀胱の病因としては、男性では前立腺肥大症などの下部尿路閉塞、女性では骨盤臓器脱などの骨盤底筋の脆弱化が推定されていますが、多くの過活動膀胱がいくつかの病因が複合的に関与して原因が特定できない特発性とされてき
ました。しかし最近、メタボリック症候群では2.08倍過活動膀胱になりやすいとの報告がなされています。特発性の過活動膀胱の病態として、動脈硬化による膀胱の血流の低下や自律神経の過緊張などが想定されてきており、過活動膀胱は「膀胱の生活習慣病」といえるかもしれません。

膀胱腫瘍やくすりの副作用など過活動膀胱と鑑別が必要な頻尿や尿もれを伴う疾患も数多くあります。今日は多尿と腹圧性尿失禁についてお話しします。多尿は尿量が増えることで、一日尿量が体重当たり40ml以上とされています。多尿を来たすのは、糖尿病、尿崩症などの内科的疾患が主です。また、心筋梗塞や脳梗塞の予防のために多量の水分を摂取している、いわゆる習慣性多飲が少なくないと思われます(血液サラサラ神話)。腹圧性尿失禁の症状は、咳・くしゃみや重いものを持った瞬間の尿もれで、尿意がなくてもおもわずもれてしまいます。女性に圧倒的に多いタイプの尿失禁です。腹圧性尿失禁の原因は、過活動膀胱とは異なり尿道機能の異常にあります。また、腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁が同時に存在する場合を混合性尿失禁といいます。

 

4.過活動膀胱は治りますか?
過活動膀胱の治療には、行動療法、生活習慣の改善と薬物療法などがあります。何より自分に適した治療を選択することが大切です。

まず、行動療法で実践していただきたいものに排尿日誌の記録があります。必須項目は三つ。排尿時刻、一回排尿量と起床・就寝時刻です。さらに飲水量や尿失禁などを記録すれば、排尿からみたライフスタイルの検証になります。排尿日誌からは一日尿量や平均排尿量などを知ることができます。つまり、頻尿の原因が尿量の過多にあるのか、有効膀胱容量の減少にあるのかを判別することが可能です。排尿日誌と問診で過活動膀胱の90%が診断できるといわれています。

今日からできる生活習慣の改善は、飲水量の見直しです。多量の水分摂取が脳梗塞や心筋梗塞を予防できるという血液サラサラ神話に、確実な医学的証拠はありません。確かに、熱中症や下痢など病的な高度の脱水は、血液の粘稠度
を増加させます。しかし、普通に飲食が可能な人間が、多量に飲水しても余分な水分は尿量の増加となって、排尿回数だけを増加させます。さらに、高齢者の頻回のトイレ通いは転倒から骨折の危険もあるとされています。

過活動膀胱に対する薬物療法の主眼は、膀胱をリラックスさせることです。主役は抗コリン薬です。抗コリン薬の作用機序は、膀胱のムスカリン受容体に結合し、抗ムスカリン作用により過活動膀胱を抑制することにあります。オキシブチニン・プロピベリン・トルテロジン・ソリフェナシン・イミダフェナシンなどが代表的な抗コリン薬です。これらの抗コリン薬は過活動膀胱診療ガイドラインでも推奨グレードAにランクされています。現在処方可能な抗コリン薬は安全な薬ですが、特に50歳以上の男性の過活動膀胱症例では、前立腺肥大症に合併する過活動膀胱の可能性が高いので、排尿症状や残尿の有無に留意してまずα遮断薬(前立腺肥大症の薬)の投与を最優先すべきとされています。

 

5.最後に
過活動膀胱の症状のポイントは尿意切迫感の有無です。またその原因はメタボリック症候群による生活習慣病の側面があるかもしれません。治療には薬物療法が有効ですが、まず飲水量などの生活習慣の見直しが大切です。過活動膀胱をよく知って、「トイレのことを気にしない生活」を取り戻しましょう。