第386回市民医学講座:医療における音楽療法

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東北大学未来科学技術共同研究センター
音楽音響医学創製分野 教授       
東北大学病院音楽療法室長 (兼務)    
市 江 雅 芳 先生

とき:平成17年5月19日 午後1時30分
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

「音楽療法」 という言葉を耳にすることが多くなった。 CDショップにはヒーリングミュージックのコーナーが設けられ、書店ではモーツァルト療法の本が売れ、 老人施設ではさまざまな形の音楽慰問が行われている。 これらは、広い意味での音楽療法と言えるかも知れないが、 医療としての音楽療法には馴染まない。

音楽と医療との結びつきは古く、ギリシャ神話ではオルフェウスが竪琴を弾いて病を治したとあり、 旧約聖書でもユダヤの王サウルのうつ病を羊飼いダビデが竪琴を弾いて治したとある。また、 古代エジプトでは、 僧侶や医師が魂の治療薬として詠唱を医療に組み入れていたようである。

現代の音楽療法は、 1940年に米国の音大で音楽療法のコースが開設されたことに始まる。 1950年には全米音楽療法協会が設立され、 1958年には英国音楽療法協会、 1959年にはオーストリア音楽療法協会が設立されている。 日本では、 1955年に精神病院のレクリエーションとして音楽療法が用いられたのが最初で、 その後いくつかの研究会が立ち上がり、 2001年に統一された学会として日本音楽療法学会が設立されている。 音大の専門コースが開設され、 初めて卒業生を出したのは、 2004年3月である。

日本音楽療法学会では、 音楽療法を 「音楽のもつ生理的、 心理的、 社会的働きを用いて、 心身の障害の回復、 機能の維持改善、生活の質の向上、 行動の変容などに向けて、 音楽を意図的、 計画的に使用すること」 と定義している。 音楽療法のセッションは、基本的に音楽療法士というセラピストが行い、 セッションの形態や手段、 目的により、 個別療法、 集団療法、 能動的音楽療法、 受動的音楽療法、機能的音楽療法、 心理療法的音楽療法、 行動療法的音楽療法などに分類することができる。 また、 ノードフ・ロビンスなど、発案者独自の手法が用いられることも多い。

音楽療法は、 医療、 福祉、 教育、 保健という大変広い領域を対象としているが、 音楽療法士が国家資格の医療職ではなく、音楽療法を行っても診療報酬の対象とはならず、 医療の場における臨床実践や研究は大変少ない。

その結果、効果が科学的に解明されていないという理由で、 音楽療法士の国家資格化や音楽療法の医療の場への導入が妨げられるという悪循環に陥っている。

医療における音楽療法は、 日本では精神科の作業療法として行われることが多いが、 欧米では、 小児科、 精神科、 心療内科、 老人科、リハビリテーション科、 神経内科、 外科、 ER、 ICU、 NICU、 緩和医療、 ターミナルケアなど、さまざまな医療の場で実践されている。

日本の医療システムの中で音楽療法を行うには、 医療職としての音楽療法士教育、 医療としての音楽療法の定義、 診療システムにおける音楽療法の位置づけ、 そして医療関係者が納得する Evidence の提示など、 越えるべきハードルがいくつかある。

日本音楽療法学会が推奨する音大のカリキュラムには医学教育も含まれているが、 理学療法士や作業療法士などの医療職に比べると、質量ともに不十分である。 また、 音楽療法士が100名いれば100通りの音楽療法があるとも言われ、 全国共通の標準的な音楽療法は存在しない。すなわち、 患者が転地した場合、 音楽療法士間の引き継ぎが困難であり、 同じ内容の音楽療法を受けることは不可能である。音楽療法と同様に専門のセラピストが関与するリハビリテーションでは、 理学療法士や作業療法士が紹介状による引き継ぎを行っており、患者は継続的に治療を受けることができる。 音楽療法を日本の医療に組み入れるためには、 このような点も含めて、 標準化と体系化を行う必要がある。

東北大学における音楽療法への取り組みは、 2002年、 東北大学病院の各診療科長 (教授) に対するアンケート調査において、いくつかの診療科で音楽療法のニーズが確認できたことに始まる。 2003年、 東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻 (全国で唯一、医学部出身者以外が学ぶことができる医学部の大学院) の門戸を音楽療法士にも開き、 医療の場における教育と研究を開始した。

2004年4月、医学系研究科から未来科学技術共同研究センターに市江が異動となり、 同時に医学系研究科に協力講座として音楽音響医学分野を開設した。 現在は、大学院学生10名 (音楽療法士7名、 小児科医1名、 その他2名) が所属している。 音大や教育学部音楽科出身者が大半であるが、医学部学生に混じって人体解剖実習を行っており、 貪欲に医学的な知識を吸収している。

2004年6月、 緩和ケア病棟で音楽療法を開始し、 これまでに15名の患者さんに100回近いセッションを行っている。 現在、 小児科、心療内科、 リハビリテーション科からも依頼が来ており、 できる限り対応していく予定である。 また、 この夏、東北大学病院音楽療法室を開設する。 多数の診療科が利用できる中央診療部的な運用を目指すが、 全国初の試みとなる。

音楽療法はボランティア活動として行われることが多いが、治療効果を求めて行う医療としての音楽療法にはボランティアとしての取り組みはあり得ない。 音楽療法士とは雇用関係を結び、責任の所在を明確にして実施している。 また、 患者さんと主治医の了解のもと、 守秘義務を認識させた上でカルテの閲覧も許可している。音楽療法士は医療職でないため、 医師の診療を補助する形で関与させている。

現時点では、 音楽療法士の医療職としての国家資格化は極めて困難であり、 音楽療法を医療の枠の中で実施することは難しいが、 現行の医療制度の中で音楽療法のモデルケースを提示していくことが、 東北大学病院音楽療法室の使命と考えている。

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http://www.music.med.tohoku.ac.jp/