第396回市民医学講座:治りにくくなった子供の中耳炎

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東北大学耳鼻咽喉・頭頸部外科助手
矢 野 寿 一  先生

とき:平成18年3月16日 午後1時30分  
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

はじめに

急性中耳炎は乳幼児がもっとも頻繁に罹患する感染症の一つです。 近年、 急性中耳炎の病態が大きく変化し、 反復例や重症例が増加しています。主な原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌が耐性化し、 集団保育の場で乳幼児の間に広がっていることが要因となっています。

難治化・重症化の現状

近年、薬剤耐性菌の出現や社会環境の変化により急性中耳炎の病態が大きく様変わりしてきました。 かつては抗菌薬を飲むと、 短期間に治りましたが、最近は治りにくく再発を繰り返す反復性中耳炎症例が増えてきました。 さらに、 内服薬では効果がなく、 入院の上、抗菌薬の点滴を必要とする重症例が増加し、 臨床医を悩ませています。

東北労災病院では、 1994年に急性中耳炎で入院を要した患児数は58名でしたが、 年を追うごとに増加し、 2003年は400名を超えるほどになっています。 入院を要した患児の多くは2歳以下の低年齢児です。

 

発症に関与する因子

急性中耳炎は、 上気道である鼻咽腔から細菌が耳管を経由して中耳に侵入し起こる感染症です。 中耳炎の反復には複数の因子が関与しますが、特に宿主(患者)、 細菌、 環境の3つの因子が重要とされています。 宿主側の因子として免疫能・耳管のはたらきが挙げられます。細菌側の因子として薬剤耐性菌による感染が問題視されています。

環境因子として集団保育・兄弟の有無などが挙げられています。これらの中で集団保育は特に重要な要素で、 急性中耳炎を反復する子供や重症化のため入院する子供の多くは集団保育を受けており、東北労災病院耳鼻咽喉科では受診した急性中耳炎患児の70~75%が集団保育を受けています。

急性中耳炎の症状・診断

急性中耳炎の多くは上気道炎に続いて起こります。 症状には耳痛、 耳漏、 鼻漏、 発熱があります。

耳痛は鼓室内に膿汁が貯まり、 炎症で中耳の内圧が高まり鼓膜を外方に圧迫するために起こり、 鼓膜に穴があくと耳痛は軽減します。このとき耳漏がある場合は、 保護者など周囲の方に急性中耳炎と気付かれます。 しかし、 耳漏のないことも多く、乳幼児は耳痛を自分からは訴えないため、 急性中耳炎と気付かれないことがあります。 このような場合、 初めは小児科を受診することが多いので、急性中耳炎を正しく診断するためには耳鼻咽喉科医と小児科医の連携が重要です。

急性中耳炎の診断には、 鼓膜の観察が必須です。 鼓膜の発赤、 腫れ、 肥厚、 動きの低下などの所見が見られます。 耳鼻科医にとって急性中耳炎の診断は難しいものではありませんが、 顕微鏡や拡大鏡などで詳細な観察が必要です。

 

急性中耳炎の起炎菌

急性中耳炎を起こす主な細菌は、 肺炎球菌、 インフルエンザ菌です。 これらの菌は小児の鼻咽腔に常在しており、 ウイルス感染等により体の抵抗力が低下したとき増殖し、 鼻咽腔から耳管を経て中耳で炎症を起こします。

肺炎球菌は、 そのペニシリンに対する感受性から、 ペニシリン感受性肺炎球菌 (PSSP)、 中等度耐性肺炎球菌 (PISP)、耐性肺炎球菌 (PRSP) と分類されています。 これらPISP、PRSPの問題点は、 院内感染で問題となっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA) と異なり、 一般社会や家庭などで広がる市中感染が多いことです。 また、ペニシリン以外の多系統の抗菌薬も効かない場合が多くなっています。

インフルエンザ菌は、 ペニシリン系薬が効かなくてもセフェム系薬は効いていましたが、 近年、 BLNAR というセフェム系薬にも耐性を示す菌も新たに出てきました。

宮城県では、 2歳以下の乳幼児からのペニシリン耐性肺炎球菌 (PISP、 PRSP) 検出頻度は75%を超えています。 インフルエンザ菌についても約60%が耐性菌となっています。

 

急性中耳炎の治療

1)抗菌薬療法

急性中耳炎の診断がついた場合、 抗菌薬投与を開始します。 まずは外来でペニシリン系薬の内服から始めます。 しかし、 薬剤耐性菌が増加していることもあり、 内服薬では治らないことも多くあります。

そのような場合、 入院の上、 抗菌薬の点滴を開始します。 点滴の方が、 中耳腔に薬を十分に送り込むことができます。 この場合も原因となる菌の検査と薬剤の感受性検査をもとに適切な抗菌薬の選択が必要です。

2) 局所治療

鼓室内に膿が貯まっているようであれば、 鼓膜を切開して膿を出します。 鼓膜切開は急性中耳炎に対する最も重要な治療手段です。中耳腔は体の他の部位よりも薬剤が届きにくい上、 薬剤耐性菌が急増している現状では有効な経口抗菌薬がない場合が多いので、鼓膜切開により菌を中耳から外に出してしまうことは非常に重要です。

急性中耳炎を繰り返すような症例では換気チューブを留置することで反復化と滲出性中耳炎への移行を抑えることができます。

急性中耳炎は経耳管感染であるため、 鼻腔・鼻咽腔の治療が重要です。鼻汁吸引により鼻腔・鼻咽腔にいる菌の量を減らすことを主目的とする処置ですが、 外来における鼻処置のみでなく、自宅で父母の吸気により簡単に鼻汁を吸引できる器具を購入、 施行してもらい効果を挙げています。

 

急性中耳炎の合併症

急性中耳炎が順調に治らず、 合併症を引き起こすこともあります。

1) 急性乳様突起炎

急性中耳炎に伴って耳の後部の発赤、 腫脹、 高熱があるとき、 急性乳様突起炎を考えます。 急性乳様突起炎は、 鼓膜切開を行わないまま、 経口抗菌薬は飲んでいてもその効果がなかったときに起こることがあります。

2) 顔面神経麻痺

乳幼児の急性中耳炎で、 顔面神経の麻痺が起こることがあります。 泣いたときに顔貌が左右非対称となり気付かれます。 この場合も、 鼓膜切開した上で、 直ちに抗菌薬の点滴を行います。 急性中耳炎が治れば、 顔面神経麻痺も治ってきます。

 

急性中耳炎の後遺症

急性中耳炎に繰り返しかかり、 鼓膜切開を受けずに抗菌薬投与など保存的治療のみを受けてきた場合、 滲出性中耳炎に移行することがあります。滲出性中耳炎になると中耳に液が貯まるため難聴になります。

長く液が貯まっていると鼓膜が薄くなり、 内側に陥没して癒着します。 癒着した場合、手術が必要になってきます。 したがって、 急性中耳炎発症時の適切な治療で、 後遺症の出現を防ぐようにします。

 

おわりに

社会環境の変化により、 2歳以下の幼少児が集団保育を受けるケースが増加しており、 抵抗力の弱い低年齢層が、薬剤耐性菌に暴露され急性中耳炎が反復化・重症化しています。

薬剤耐性菌を増加させないため、 抗菌薬の使い方を見直し、中耳炎に有効なワクチンの開発が必要です。 また、 保育の面からは、 頻回に感染を繰り返す幼少児のための少人数保育の充実が望まれます。