第398回市民医学講座:高次脳機能障害って何だろう

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東北厚生年金病院    
副院長 遠 藤 実 先生

とき:平成18年5月18日 午後1時30分  
ところ:仙台市急患センター・仙台市医師会館2階ホール

 

 

市民医学講座では市民対象に高次脳機能障害そのものについて説明したが、 本論においては、 医師会員対象であることから、 主に高次脳機能障害支援の現状について報告する。

 

1. 高次脳機能障害とは

高次脳機能障害は、神経科学の一分野として、 基礎的にも、 臨床的にも、 以前より、 専門的な対応がなされてきたものである。 近年、高次脳機能障害に対して社会的関心が高まり、 マスコミで取り上げられる機会が増したが、 この背景には、 次のことがあげられる。 すなわち、交通事故などによる頭部外傷からの回復後に身体的な障害はないにもかかわらず、 記憶障害、 注意障害、 遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害を主たる要因として、 日常生活および社会生活への適応に困難を有する一群が存在することである。

そして、これらの障害が比較的若年者に多いことから、 復学、 復職に困難が伴うなど、 社会的影響が大となっている。 また、 これらの障害は、福祉的施策が整備されている、 身体障害、 精神障害、 知的障害のいずれにも該当しないために、 社会的認知度が低く、福祉サービスを受けられないという、 福祉の狭間に置かれていたことである。

この問題を解決するために、 高次脳機能障害支援モデル事業が立ち上げられ、 これらの一群が示す認知障害を、 行政的に 「高次脳機能障害」と規定した。 以前から用いられてきた専門用語である高次脳機能障害が、 本モデル事業では、 認知すべき障害、支援すべき障害者を規定するために用いられた。 両者の用い方にはニュアンスの違いはあるが、 障害をよりよく理解し、 障害者を支援していく上では、同じ方向性を有していると考えられる。

 

2. 高次脳機能障害支援モデル事業について

上記の、 行政的に 「高次脳機能障害」 と規定した障害を有する障害者の支援策を策定するために、 平成13年、厚生労働省による高次脳機能障害モデル事業が立ち上げられた。

国立身体障害者リハビリテーションセンター (国リハ)と指定された13都道府県が連携して、 高次脳機能障害症例の蓄積を行い、 その評価基準と訓練プログラム、社会復帰・生活・介護支援プログラムの確立を図ることとなった。

宮城県もこのモデル事業の一翼を担うこととなり、東北厚生年金病院がその地方拠点病院となった。 対象となる代表的症状と、 モデル事業での関係を図1、 2に示す。

 

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モデル事業の前期3年間の活動で、 前記の目的が達成され、 この成果を現場に反映させるために、 モデル事業は2年間延長された。 後期においては高次脳機能障害支援コーディネーターを採用し、 育成することが目標とされた。

東北厚生年金病院としては障害者の診断、 評価そしてリハビリテーションを積極的に行うとともに、 先進的に支援を行っている機関の情報を収集し、より有効な支援法を模索した。 これらの成果は関連の講演会、 勉強会で紹介し高次脳機能障害の啓蒙に努めた。 支援コーディネーター採用後は、これらの活動は量的にも質的にも高められ、 支援コーディネーターの有用性が確認された。

臨床面では、 回復期リハ病棟における専門的リハを行うとともに、 独自の対応として必要な情報を前もって準備して対応する専門外来の開設、正確な診断がなされていない慢性期の障害者や既に診断がなされているが評価の不十分な症例に対し、高次脳機能評価クリニカルパスを用いた短期入院システムの構築を行った。

次に、 啓発、 研修事業の一端を示す。 事業開始当初は院内だけでの勉強会だったが、 内外からの関心の高まりを受けて14年度から研修会、講習会を開催するようになった。

回を増すごとに参加者は増え、 その職種も多岐にわたった。 平成14年度より17年度まで、関係職員対象の研修会を22回、 一般市民をも含めた講習会を6回開催した。

平成17年度の実績では、 支援関係機関職員の参加状況として、参加機関数が150カ所、 参加者数は393名、 延べ664名であった。 この研修会が各地域での支援の担い手の交流の機会となり、地域での医療と福祉、 行政の連携・協働のためのネットワークづくりに役立った。  

 

3. 高次脳機能障害の原因疾患

高次脳機能障害の原因疾患をあげる。 最も多い原因が頭部外傷である。 脳梗塞、 脳出血、くも膜下出血のいずれの脳血管障害も原因となりうるが、 前交通動脈動脈瘤破裂によるくも膜下出血症例で高頻度に出現する。 このほか、無酸素性脳症、 脳炎などがあげられる。 図3、 4に平成16年度に高次脳機能障害支援コーディネーターが対応した実績を示す。

宮城県では脳血管障害例も積極的に受け入れることとしたが、 このモデル事業の出発点が頭部外傷による高次脳機能障害支援にあったように、対象の約3分の2を頭部外傷が占める。 年齢別比率でも、 交通事故による頭部外傷例が多いことを反映し、 学業、就業の必要な青年壮年期症例が大多数を占める。 本モデル事業の重要性を端的に示す所見である。

 
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4. 高次脳機能障害支援:今後の展開

宮城県としては、平成18年度に立ち上げられた宮城県リハビリテーション支援センターが本支援活動を担当することになり、モデル事業のノウハウを有する東北厚生年金病院は医療面での拠点病院として活動することとなった。 障害者の支援は、 発症後、受傷後の時期に合わせ、 また障害の種類、 重症度にあわせて行われる必要があり、 このためには医療、 福祉領域ばかりでなく、 行政、就労まで広がった支援が必要である (図5)。

 

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 担当機関が複数となることは、 支援の輪を広げるためのきっかけとなり、 かつ活動の質の向上にも貢献するものと考える (図6)。

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東北厚生年金病院の役割は、 院内で高次脳機能障害の診断、 医学的評価、 医学的リハを行うばかりでなく、モデル事業で得られたノウハウを県内の医療機関に提示することである。 障害者支援は住み慣れた地域で行われることが望ましく、支援の開始には医療機関における高次脳機能障害の診断書の発行が必要となる。

各地域のリハビリテーション機能を有する医療機関において、適切な時期に診断書を発行していただきたい。 参考としてモデル事業で決められた診断基準を元に作成した診断書案を掲載する。各医療機関の正規の診断書に添付して利用していただきたい。

 
高次脳機能障害は、 まだまだ社会的認知度は低く、 実態も明らかになっていないが、 かなりの方が障害に苦しんでいるといわれている。 医療者であっても例外ではなく、 その予備軍であり得るものであり、 発症予防に心がけたいものである (図7)。

 

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