第407回市民医学講座:耳鳴とその治療に関する最近の知見

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東北大学大学院医学系研究科
耳鼻咽喉頭頸部外科学分野
助教授 川 瀬 哲 明 先生

とき:平成19年2月15日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

耳鳴は、外界に存在しない音が聞こえる状態である。

中等症以上の耳鳴では、心理的苦痛や生活の障害は思いのほか大きく、耳鳴が気になるために物事に集中できないだけでなく、重症例では精神的な影響が強く出現し鬱状態になる場合もあるなど、日常生活にさまざまな支障をきたす。

したがって、耳鳴の治療は臨床上、重要な問題であるが、その原因、発症メカニズムには不明な点が多く、治療に難渋することも少なくない。しかし、最近、 TRT(tinnitus retrainingtherapy)という新しい考え方の耳鳴治療が導入され、以前に比べると体系付けられた治療が可能になってきた。TRTでは、耳鳴を消失させることが目的ではなく、耳鳴に対し順応を起こさせ、耳鳴による苦痛を軽減、改善することを目指すが、高い有効性が報告され、近年本邦でも注目されている治療法である。

以下、最近の耳鳴の原因や治療の考え方について簡単に述べる。

1. 耳鳴の発症メカニズム

外界から音が入ってくると、外耳道、鼓膜、耳小骨を介して内耳(蝸牛)に音の振動が伝わる。内耳では、振動としての音情報が電気的情報に変換され、蝸牛神経のスパイク数増加として蝸牛神経核に音情報が伝えられる。その後、上オリーブ核や下丘などさまざまな中継核を経て、大脳皮質聴覚野に達し音として認知される。

耳鳴は、内耳(蝸牛)から聴皮質までの聴覚路のどこかで生じた異常のために、外部から音が入力されないにもかかわらず、聴覚野に神経興奮が引き起こされている状態といえる。耳鳴発生の原因部位としては、

①末梢内耳(蝸牛)

だけでなく、

②蝸牛神経核より上位の中枢

にその原因があることが少なくない。特に、末梢内耳の病的変化に伴い、二次的に中枢での興奮性が高まり耳鳴が生じていることも少なくないと考えられている。

 

2. 耳鳴と外部から聞こえる音の違い

聴覚系は、外界の音情報を処理するシステムであるが、すべての情報が区別なく認識のレベルまでのぼるわけではない。持続的に背景に存在する換気扇の音や屋外の交通騒音などは、意識しなければあまり気にならない音として処理され、危険を示唆する音や会話など新しく入ってくる音情報に注意が向けられるようになっている。

耳鳴も慢性的、持続的な音であり、外界の持続的な音と同様に「気にしなくてよい音」として処理されればよいのであるが、実際には、「気になる音」として、患者を悩ます。すなわち、いったん耳鳴が知覚され、脳の異常や脳出血など重大な病気の予兆ではないかなどマイナスイメージとしてとらえられると、大脳辺縁系や自律神経系(交感神経系)が刺激され不安、憂鬱、不眠、緊張などのさまざまな心的反応が生ずる。

また、その結果として、耳鳴の「気になる音」としての優先順位は高くなり、ますます耳鳴に過敏になるという悪循環が形成されると考えられている。耳鳴の大きさ(ラウドネス)自体は、閾値上せいぜい10dBまでのものがほとんどで、その程度の音が外部で持続的に鳴っていても、すぐに「気にならない音」として処理されるが、そうはいかないところが耳鳴の特徴であるともいえる。

 

3. 治療の基本

耳鳴の根本的治療は、異常信号の発生を消し去ることであるが、現在のところそのような方法は確立されていない。したがって、耳鳴治療の目標は、耳鳴を消失させることではなく、耳鳴を気にならない程度に小さいものにすることになる。そのためには、患者自身も耳鳴の特徴や治療の目的を正しく理解し、耳鳴に対する不安感を取り除くことで、前述の大脳辺縁系、自律神経系を巻き込んだ悪循環を断つことが重要となる。

 

①耳鳴に対する説明と理解(指示的カウンセリング)

耳鳴に対する不安感を軽減し、耳鳴を「気にしなくてよい音」として受け入れてもらうためには、患者自身に耳鳴やそれに伴う不安感の発生機序を正しく理解してもらうことが重要になる。意識の側面から大脳辺縁系の活動を制御しようというものである。

そのためには、難聴の有無、難聴の原因精査などを行い、耳鳴と関係のある耳疾患の状態や予後を説明し、重大な背景疾患がないことや、前述の耳鳴発生機序、特に大脳辺縁系や自律神経系の関与を理解することが重要である。耳鳴に対する不安感というものを客観的にとらえられるようになり、その後の耳鳴受容がスムーズにできることが多い。耳鳴の治療の目標が、あくまでも「気にならない音として受け入れられるようになる」ことであり、場合によっては年単位の時間を要することを理解してもらうことも大切である。

軽症例では、このようなカウンセリングを行い経過観察することで対応可能なことが多い。

 

②薬物療法

基礎治療薬として、末梢内耳状態の改善を目的としたビタミン剤、循環改善薬、血管拡張薬、代謝賦活薬などが用いられることが多い。これらの薬の効果にはプラセボ効果も含まれている可能性があり、投与自体に疑問をもつ医師も少なくないが、患者が、耳鳴を受け入れていく過程で、心理的なひとつの支えになっている側面も否定できない。

不安が強い患者には、抗不安薬、抗うつ薬、また不眠が強い患者では睡眠薬が有効なことが多い。前述の大脳辺縁系、自律神経系を取り込んだ悪循環を改善させる目的で投与される。このほか、局所麻酔薬のリドカインの静注は一過性だが耳鳴を軽減させる。また、耳鳴が聴覚系の異常興奮から生じているという考えから、抗けいれん薬が有効であるとする報告もある。

 

③TRT(tinnitus retraining therapy)

TRTは、音響療法とカウンセリングにより耳鳴に対する順応を促進することを目的とする。中等症以上の耳鳴では、耳鳴が引き起こしている苦痛、不安感が大きく、カウンセリングだけでは効果を得ることが難しいため、音響を利用して耳鳴を受容可能な小さな音にすることを併用し、耳鳴を「気にしなくてよい音」にしていくのである。

耳鳴は、外部から音を提示すると小さくなる。音響療法では、外部から低レベルの広帯域雑音を提示し、耳鳴の相対的ラウドネスを低下させる。TRTの音響療法で重要なことは、耳鳴が消失しない程度の低レベルのなるべく広帯域音を提示することである。TRT専用の耳鳴治療器(サウンドジェネレーター)も発売されているが、家庭内で利用できる音楽やラジオのoff-tuningで発生する雑音を用いてもよい。TRT療法による耳鳴の改善率は70~90%、 TRT終了後も効果が持続することが特徴的であるとされている。

以上、最近の耳鳴治療の動向を述べた。治療に難渋することも少なくないが、患者と向き合い指導を続けることで、多くの場合、耳鳴による苦痛を軽減できる。