第409回市民医学講座:尿もれってどんな病気?

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東北労災病院泌尿器科
部長 浪間 孝重 先生

 

とき:平成19年4月19日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

1.はじめに

まず正常な排尿について考えてみましょう。正常な生理的排尿機能とは、下部尿路である膀胱と尿道を上手に使ってためたり(蓄尿)、出したり(排出)することです。

加えて、私たちヒトでは時・場所・状況(TPO)をわきまえた排せつ、すなわち社会的排尿行為も正常であることが求められます。この正常な排尿の不具合から、さまざまな排尿症状が起こります。中でも尿もれは、老若男女の生活の質(QOL)を大きく損なう病態として、重要な位置を占めるとされています。

 

2.尿もれは正常な老化現象ではありません

尿もれは女性や高齢者に多いとされています。本邦では全年齢層での大規模な疫学調査は行われていませんが、40歳以上の男性の約17%、女性では出産経験者の約40%が、程度の差こそあれ尿もれの経験があるとされています。一方、病院や施設入所の高齢者では、その約半数に尿もれがみられるとされています。

このように、尿もれはよくみられるありふれた症状です。しかし、正常な老化現象ではありません。なぜなら、尿もれには加齢以外の明らかな原因があるからです。

尿もれを医学用語では尿失禁といいます。尿失禁は、「社会的、衛生的に問題となる不随意の尿もれ」と定義されますが、その原因(病態)から切迫性尿失禁・腹圧性尿失禁・機能性尿失禁・溢流性尿失禁などに分類されています。

切迫性尿失禁では、突然の強い尿意(尿意切迫感)に襲われ、我慢できずに漏れてしまいます。多くの場合、昼夜を問わずトイレが近く(頻尿)なります。男女ともにほぼ同率で起こる尿失禁とされています。切迫性尿失禁の原因(病態)は、膀胱機能の異常にあります。膀胱炎などの炎症あるいは脳卒中や脊髄脊椎疾患による神経の障害(神経因性膀胱)などでも起きますが、最も頻度の高いのは特発性の膀胱の過活動で、過活動膀胱といわれる病態です。

腹圧性尿失禁の症状は、せき・くしゃみや重いものを持った瞬間の尿もれで、尿意がなくてもおもわず漏れてしまいます。女性に圧倒的に多いタイプの尿失禁です。腹圧性尿失禁の原因(病態)は、膀胱ではなく尿道機能の異常にあります。

具体的には、尿道自体の閉鎖能が低下する場合(内因性括約筋不全)と尿道を支えている骨盤底の筋肉群が弛緩する場合(尿道過可動)があります。さらに、切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁が同時に存在する場合を混合性尿失禁といいます。

機能性尿失禁は、生理的排尿機能には大きな問題はないが、手足のまひによるトイレ移動や衣服の着脱などの排尿関連動作の不具合や、認知症などによりトイレの場所が分からない、あるいはトイレで排尿することを認識できないなどの社会的排尿行為がうまく行えないために、尿器排尿ができないで尿もれが起きる状態をいいます。つまり、原因が膀胱や尿道以外にある尿失禁です。ですから、特徴的な症状はありません。

しかも、いつ漏れるか予想がつかないことが多く、またほかの尿失禁が併発するとより難治性となります。特に高齢者に多いタイプの尿失禁とされています。

溢流性尿失禁は、尿の出にくさ(排出障害)による多量の残尿のため、膀胱内の尿があふれ出るように漏れてくる状態です。切迫性尿失禁や腹圧性尿失禁が主に尿をためる能力の障害(蓄尿障害)を病態としているのとは対照的です。排出障害の原因としては、前立腺肥大症などによる尿道の閉そくや糖尿病性神経因性膀胱などよる膀胱の弛緩があります。さらに、溢流性尿失禁では排出障害のために、時に腎臓に悪影響を及ぼすことがあり注意を要します。

 

3.尿もれは適切な治療でよくなります

これらの尿失禁の多くは、原因(病態)に則した治療を行うことで改善することができます。

切迫性尿失禁の治療の主眼は、膀胱をリラックスさせることです。薬物療法・電気刺激療法などが挙げられます。薬物療法の主力は抗コリン剤です。最近では、多くの種類の抗コリン剤が発売されており、患者さん個々人に最も適したくすりを選択することができるようになってきました。ただし、抗コリン剤使用時の留意点として、口渇、便秘やかすみ目などの副作用と、隅角閉塞緑内障には投与禁忌であることが挙げられます。

電気刺激療法のひとつとして、私たちは仙骨表面治療的電気刺激を行っています。これまで薬物療法抵抗性の切迫性尿失禁の6割強に効果がみられています。

腹圧性尿失禁の治療のターゲットは尿道になります。骨盤底筋体操や手術療法などが挙げられます。骨盤底筋体操とは、尿道を支えている骨盤底筋(肛門挙筋)を収縮させることで骨盤底を強化する体操です。具体的には肛門や膣の3秒間収縮と3秒間弛緩を繰り返す体操で、その際下腹部に力を入れないことがコツとなります。腹圧性尿失禁の手術療法にはさまざまな方法がありますが、現在広く行われているのは、TVT法と呼ばれる手術です。TVTとは Tensionfree Vaginal Tapeの略で、膣と下腹部に小切開をおいて、特殊なメッシュのテープで尿道を軽く支えることで腹圧性尿失禁を防止します。

東北労災病院でのTVT手術 100例の治療成績では、完治率は92%でした。

機能性尿失禁に対しては、あらかじめ時間を決めてトイレに誘導する定時排尿誘導などの排せつ介助に加えて、トイレ環境の整備、排せつ動作訓練やトイレ移動訓練などを行います。機能性尿失禁は対処が困難なことも多い尿失禁ですが、本人の生活歴を重視して自己決定を尊重し、リハビリテーションによって残された機能を活用することで対応することが可能なこともあります。あくまでオムツは最後の手段と考えてください。

溢流性尿失禁では、尿もれそれ自体ではなく、原因となっている尿の出にくさ(排出障害)を治療します。具体的には、前立腺肥大症に対する経尿道的前立腺切除術や糖尿病性神経因性膀胱に対する間欠自己導尿などです。

 

4. 尿もれはひとりで悩まないことが大切です

 

最後に、20世紀の医療は、疾病の予防・救命・延命の医療でした。そこでは、ぼけ(認知症)・寝たきり(骨粗しょう症)・尿もれ(尿失禁)などは直接生命にはかかわらない障害として蚊帳の外におかれていました。しかし、21世紀になって、患者さんの生活の質(QOL)を重視する医療の重要性が叫ばれています。尿もれ(尿失禁)の診療はまさにQOLの医療の実践といえるのではないでしょうか。

ひとりで悩まずに、積極的に尿もれを克服して、楽しく豊かな生活を送りましょう。