第419回市民医学講座:内耳性めまいの治療と平衡訓練

poto_419.jpg

 

 

 

東北公済病院耳鼻咽喉科
部長 吉田 尚弘 先生

とき:平成20年2月21日午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

 

 

はじめに

めまいは日常診療において外来受診されることの多い症状の一つである。視覚、前庭、深部知覚(体性感覚)からの入力を小脳、 vestibularnuclear complexで情報処理し、眼球運動制御、姿勢制御、自律神経との相関によって平衡感覚は調節されている。

前庭は、耳石器と半規管(外側半規管、前半規管、後半規管)からなり、前庭からの入力は、重力、直線加速度および角速度の変化をとらえる。静止時には主に視覚と深部知覚の入力が主となる。この機序のいずれかに障害、変調、ゆらぎが生ずると平衡障害、めまいを生ずると考えられる。

めまいの種類と分類

めまいには、性状から、

① “ぐるぐる” 回ると表現される回転性めまい(vertigo) 

② “ふらふら” しためまい(dizziness) 

③ ”くらっ” とする立ちくらみ、眼前暗黒感(syncope)に大きく分けられる。

このうち、立ちくらみ、眼前暗黒感は、脳幹網様体および後大脳動脈の血流低下によるものである。Adams-Stokes症候群や心筋梗塞など心原性の要因、また、Shy-Drager症候群のような神経変性疾患の鑑別も必要である。また、高齢者では、降圧薬を内服しているときにも生じやすく注意を要する。起立性低血圧はSchellongテストにより診断することができる。一方、回転性、動揺性のめまいの違いから中枢性、末梢(内耳)性の区別をつけることはできない。

図1に代表的なめまいを生じさせる疾患を示した。このうち、内耳性めまいが最も頻度が高いとされる。しかし、まだ原因の判明しないめまい、眼振、理学所見あるいは画像所見に客観的な異常所見の認めないめまいもありその治療には苦慮することもある。

中枢性、末梢(内耳)性めまいの鑑別には、めまいの
①発症の契機 ②めまいの性状、持続時間 ③随伴症状 が問診として重要である。

図1

  • 中枢性めまい
    血管障害
    椎骨脳底動脈循環不全
    脳梗塞
    Wallenberg症候群
    小脳出血、小脳梗塞
    Sunclavian steal syndrome
    腫瘍
    変性疾患
    薬物中毒
    炎症性
    先天異常  
  • 末梢(内耳)性めまい
    メニエール病
    前庭神経炎
    良性発作性頭位めまい症
    めまいを伴う突発性難聴
    炎症性(中耳炎内耳波及、ウイルス感染など)
    外傷性
    内耳循環障害
    小脳橋角部腫瘍
  • 頸性めまい
  • 全身性、心因性など

発症の契機として、突然の発症かどうか、頭位変換、体位、上肢の動きとの関係などを問診する。特に頸部を捻転する方向、寝返りを打つ方向とめまいの関係は詳細に問診する。また、めまいの性状として、回転性めまいの場合、周囲の景色がどのように回転、動いていたかがわかると、外来受診時には既に眼振がおさまっていることもあり、発作時に生じていた眼振方向の参考になる。

回旋、水平回旋混合性眼振では、周囲の景色が回転しているように感じられ、水平眼振では左右に動くと訴えることが多い。随伴症状としては脳神経症状、蝸牛症状(難聴、耳鳴り、耳閉感など)があげられる。神経症状として、上下肢の麻痺、顔面の知覚低下、口周囲のしびれ感、嚥下障害、複視、頭痛の有無などを確認する。蝸牛症状の一つである難聴について、ある限られた周波数帯域の聴力閾値が上昇した場合には語音弁別能が低下するが音は聞こえているため、本人は「耳が聞こえない」とは訴えないこともあり注意を要する。

問診を参考に、さらに眼振の観察、聴力検査、脳神経症状の有無、平衡機能検査、画像診断(MRI、CT)などを行う。眼振はフレンツェル眼鏡、あるいは赤外線CCDカメラのついた眼鏡(暗所下の眼振観察となる)を装着すると注視眼振と比して眼振が抑制されず観察しやすくなる。注意すべきは、垂直性眼振で、特に下方向性眼振では中枢性の要因を考えMRIで精査する。

また、注視方向によって眼振の方向の変わるBruns眼振(患側向きでは振幅の大きな頻度の低い注視眼振、健側向きでは振幅の小さな頻度の高い注視眼振)は小脳橋角部の腫瘍でみられることがある。小脳橋角部の代表的な腫瘍である聴神経腫瘍は前庭神経から生ずることの多い神経鞘腫であるが、緩徐に大きくなるため、めまいよりも蝸牛症状(耳鳴り、難聴など)を初発症状とすることが多い。

外来診察室での聴力レベルの推定には音叉が簡便かつ有用であり、外耳道に温水(風)、冷水(風)刺激による眼振を観察するカロリックテストは前庭機能評価に重要である。

 

内耳性めまいの代表的疾患

1)良性発作性頭位めまい症(BPPV)
 ある一定方向に頭位変換すると、数秒程度の潜時を持って回転性のめまい(十数秒程度)を生ずる。めまいの生ずる頭位を繰り返すとめまいは軽減する特徴を持つ。予後は良好で自然治癒することもある。本疾患の原因について、現在耳石器からの耳石が剥離され、半規管、膨大部に浮遊、沈着することによって生ずるとされる原因モデルがあり、症状をかなり上手に説明することができる。

このモデルに基づいた理学療法(耳石置換法;Epley法、Lempert法など)は、典型例ではその有効性が高いと報告されている。理学療法には、患側、部位の正確な判定が重要であり、また頸椎疾患、椎骨動脈の狭窄の有無を施行する前に十分検討する。

2)メニエール病
メニエール病診断基準では

①回転性めまいを反復する

②めまい発作に難聴、耳鳴りなどの蝸牛症状が随伴・消長する

③これらの症状をきたす中枢性疾患、原因既知のめまい・難聴を主訴とする疾患が除外される

この3つの条件を満たすものが確実例である。頻度は人口10万人に15から40人程度で40代の女性に多いとされる。欧米人に比して日本人の頻度は低い。内リンパ水腫がその病態の原因の一つと考えられている。メニエール病では、日常生活ではストレスをためず、規則正しい、無理のない生活をなるべく心がけるよう指導する。治療には、利尿剤、イソソルビド、ATP、ステロイドなどが用いられる。難治例では、外科的手術(内リンパ嚢開放、前庭神経切断、ゲンタマイシン鼓室内注入など)の治療も行われる。

3)突発性難聴
蝸牛の機能低下によって突然に難聴を生ずる。原因は内耳への血流の低下、ウイルス感染、炎症、内耳イオン環境の急激な変化などが考えられている。蝸牛と前庭双方が障害を受けるとめまいを伴う。一般に、めまいを伴う突発性難聴は、めまいを伴わないものと比して予後が悪い。ステロイド、血管拡張剤などにより治療する。また、蝸牛動脈を分枝する前下小脳動脈の閉塞でも内耳血流が低下しめまいを伴う難聴を生ずるので注意を要する。

4)前庭神経炎
一側の前庭機能が低下すると激しい回転性のめまいを生ずる。蝸牛症状は伴わない。時間経過とともに回転性のめまいは、浮遊感へと変化することが多い。発症直後は患側への刺激性眼振、その後健側への麻痺性眼振がみられる。急性期には、抗ヒスタミン薬、抗不安薬を投与し悪心、嘔吐を抑える。急性期から慢性期にはさらに抗めまい薬、循環改善薬などを投与する。

5)中耳炎からの炎症の波及
急性中耳炎は、耐性菌あるいは宿主の免疫抵抗力低下などがあると内耳へ炎症が波及しめまい、難聴を生ずることがある。また、真珠腫性中耳炎では、骨破壊が進行すると半規管瘻孔によりめまいを生じる。めまい患者の鼓膜所見の観察も重要である。

 

平衡訓練

一側の前庭機能が低下すると激しいめまいを生ずる。薬物治療、安静などにより、時間経過とともにめまいは軽快していくことが多いが、めまいが軽快しないことがある。従来、ヒトにはめまいを代償する機能(前庭代償)が備わっているが、その機能が十分に働かないとめまい感、特に浮遊感が長く続くと考えられる。

平衡訓練は、前庭代償を促進し、自己受容器に積極的な反復刺激を与えることによる前庭系、視覚系、自己受容器の相互強化をはかることを目的にしている。これにより、

①頭部運動中の固視安定性の改善

②動作に対する感受性の減少

③静的ならびに動的な姿勢安定性の改善がはかられる。

平衡訓練にはさまざまの方法が提案されているが、代表的なHerdmanらの方法を図2に示した。親指を上に立てた腕を顔の正面に伸ばし、顔を右左にゆっくりと動かす際に、指から目が離れないようにする。次に、顔を右に動かすときは腕を反対の左に動かし、指から目が離れないようにし、より大きく目を動かすようにする。

これにより頭部運動中の固視安定性の改善をはかる。一人ひとりのめまいの生じる生活動作を勘案し平衡訓練を行っていくが、一般に平衡訓練の治療期間は6週間から6カ月程度、1日15から30分、1日3回以内とし、自分のペースで体調不良の際は決して無理をしないように指導する。平衡訓練後の改善度、効果をいかに定性、定量的に評価していくかも今後の課題である。

 

Herdman,SJ:Vestibular Refabilitation FA Davis:2000 p.396より改変
図2 平行訓練 Herdmanらの方法

419.gif