第422回市民医学講座

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 国立病院機構仙台医療センター
 救命救急副センター長  山田 康雄 先生

とき:平成20年5月15日. 午後1時30分
ところ:仙台市医師会館2階ホール

 

 

救急の現場からみたあんな病気 こんな病気

 救急の現場からみたさまざまな病気というテーマを頂きましたが、今回は重篤な病態の順に1)心肺停止2)呼吸障害、ショック、意識障害3)頭痛、胸痛、腹痛4)「立てない、力が入らない」という状況についてお話ししたいと思います。各論に入る前に、どんな病態でもまず、A(Airway;気道)、B(breathing;呼吸)、C(Circulation;循環)をきちんと保つことが大前提として重要であることを強調したいと思います。人間が生きるためには、細胞の一つひとつに酸素を届けることが必要です。そのためには、A-B-Cの問題をしっかり解決することを忘れてはなりません。

Ⅰ)心肺停止

 突然心臓が停止して倒れた人でも、きちんと治療されると完全社会復帰できることがあります。ただし、そのためには、倒れてすぐに心肺蘇生(CPR)が開始されることが極めて重要です。心停止発見後、すぐに119番通報しても救急車が到着するまでには数分かかります。この数分の間に胸骨圧迫(心臓マッサージ)が行われていないと、脳や心臓自身には全く血液が流れず、酸素が供給されません。このため脳や心臓の細胞の障害はどんどん進み、もとに戻らないダメージ(細胞死)に近づいていきます。それを食い止めることができるのは、救急隊でも病院スタッフでもない一般市民によるバイスタンダーCPRしかないのです。CPRを行う上で最も大切なのは、質の高い胸骨圧迫を中断なく行うことです。質の高い胸骨圧迫のポイントは「速く強く押す(血液を高い圧力で送り出す)」と「胸壁をしっかり戻す(心臓に血液を充満させる)」です。良質なCPRに加えて、迅速なAEDの使用による心室細動の早期除細動が行われると救命率はさらに高まります。最近数カ月間に当院で経験した院外心肺停止の社会復帰例をCase1、2に示します。この2症例が社会復帰できたのは、現場でバイスタンダーCPRを行って下さった方々のおかげなのです。

 

Ⅱ)呼吸困難

 呼吸困難は、原因の部位(上気道、気管・気管支・肺、循環不全・代謝異常)により対処法が異なり
ます。突然発生という意味では上気道閉塞、特に気道異物(窒息)への対処が重要です。重篤な窒
息の症状は、突然起こった「声のない咳」「チアノーゼ」「話や息ができない」「自分の首をわしづかみ
にする」などです。この状態が続くと呼吸停止から心停止に至ります。重篤な窒息だと認識したら、119番通報し、背部叩打法・腹部突き上げ法・胸部突き上げ法などで異物の除去を図ります。反応
がなくなったら、CPR(人工呼吸のたびに口を開け異物を確認、異物が見えたら除去)を行います。

Case 1 34歳 男性


11:10  約2tの荷物の下敷き(胸を挟まれた)
11:19  救出。心肺停止確認。
     直ちにバイスタンダーCPR開始。
11:21  救急隊到着。心肺停止確認。CPR続行。
11:24  心拍再開。
11:35  救急外来到着。深昏睡状態。
血圧175 / 93、脈拍111 /分、呼吸微弱。
 ↓
救命救急センターで集中治療施行。
 ↓
完全回復、社会復帰!

 

Ⅲ)ショック

 ショックとは、血液循環が不良で体の組織に十分な酸素を届けられない状態を指します。ショックの症状には、顔面蒼白・手足が冷たい・脈が弱い・脈が速い・めまい・意識低下・冷や汗・呼吸促迫などがあります。ショックは原因により、1)循環血液量減少(血液量が足りない)2)心原性(ポンプ機能低下)3)閉塞性(心臓を外から抑えつける)4)血液分布異常(血管が緩む)に分けられます。いずれのショックにおいても、簡便な認知法として毛細血管再充血時間(CRT)があります。これは爪床を5秒間圧迫した後パッと離し、赤みが戻るまでの時間をみるものです。2秒以上かかるなら、ショックです。(ただし、寒い環境では判断困難です。)ショックと考えたら、患者さんを楽な姿勢で安静に保ち、119番通報しましょう。

 

Ⅳ)意識障害

 意識障害は、脳そのものの問題と、脳の周辺環境の問題、いずれでも起こります。前者には脳卒中・外傷・てんかん・脳炎・髄膜炎などがあり、後者には呼吸・循環・代謝障害、中毒などがあります。また精神疾患が原因で意識障害の原因となることもあります。いずれにしてもまずするべきことは、脳の周辺環境をしっかり守ってあげるために、ABCをきちんと評価し不十分ならそれに対する処置をすることです。

Case 2 47歳 男性

9:00  トレーニング中、突然倒れた。
9:01  心肺停止確認。            
直ちにバイスタンダーCPR開始。
9:03  AEDで<ショックーCPR>×2→心拍再開。
9:12  救急隊到着。深昏睡。脈あり、呼吸微弱。
9:32  救急外来到着。昏睡状態。       
       
血圧186/114、脈拍141/分、深大性呼吸。
 ↓
救命救急センターで集中治療施行。
 ↓
完全回復、社会復帰!

 

Ⅴ)頭痛、胸痛、腹痛

 痛みを訴える患者さんでは、Killer disease(致死的となりうる病態)がないかをまず考えなければなりません。頭痛で最も注意しなければいけないのは、「ある瞬間に突然、今まで経験したことのない痛み」が起こった場合です。突然発症の頭痛では、くも膜下出血などの可能性を考える必要があります。胸痛でもKiller diseaseがいくつかあります。代表的な急性心筋梗塞では、数分間以上続く前胸部中央の重苦感・絞扼感が典型的な症状ですが、肩・腕・首などへの放散痛、失神・めまい・呼吸苦などの循環不全症状がみられることもあり、また吐気・嘔吐だけを主訴とすることもあるので注意が必要です。腹痛では、ショック症状の有無、腹膜刺激症状の有無、腸閉塞症状の有無を評価しながら重症度を考えていきます。しかしこれらの症状がなくても激しい持続性の腹痛がある場合には、腸間膜動脈閉塞症や絞扼性イレウスの初期、大動脈瘤の切迫破裂などの重症疾患も念頭に置く必要があります。

 

Ⅵ)立てない、力が入らない

 急に「立てない」「力が入らない」などの症状が出た場合、「しばらく休んでよくなるか、様子をみよう」と思ったりしませんか?このような症状では、脳卒中が起こっている可能性があります。脳卒中の中でも脳梗塞は、tPAによる血栓溶解療法が適応となる場合があります。ただし、そのためには発症から(無症状であった最後の時間から)3時間以内に治療開始できる、という時間制限があります。したがって「しばらく様子をみている」とこの治療に間に合わなくなります。脳卒中の簡単な認識法の一つに、シンシナティ病院前脳卒中スケールがあります。これは1)顔面弛緩(左右差)2)上肢の脱力(左右差)3)言語障害の3点をみるものです。これらの症状がみられたら脳卒中を疑います。発症時間が明らかかつ発症すぐであればtPA治療ができる可能性がありますので、直ちに119番通報しましょう。

 

まとめ

 救急現場からみた緊急の病態についてお話しいたしました。一般市民のみなさんにも、以下のようなことを胸にとどめておいていただけると幸いです。

1.突然心停止した人を救命するためには、迅速なバイスタンダーCPRの開始が極めて重要です。
2.あらゆる病気において、A(気道)、B(呼吸)、C(循環)の異常を早期に認知し、適切な処置を行う必要があります。
3.危険な頭痛・胸痛・腹痛などを早期に認識でき、救急システムを起動することは大切です。
4.急性心筋梗塞や脳梗塞は、発症からある制限時間内であれば有用な緊急治療を行える可能性があります。