第425回市民医学講座

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国立病院機構仙台医療センター       総合内科部長兼消化器科医長                千田 信之 先生

 

とき:平成20年8月21日 午後1時30分              ところ:仙台市医師会館2階ホール                                                                               

 

 

 

 

肝細胞がんのテーラーメイド治療

肝細胞がんのテーラーメイド治療というテーマで、最新の肝細胞がん治療と問題点についてお話しします。

肝臓は生体内で、最も重い臓器であり、右上腹部、横隔膜の直下に位置しています。大きく右葉と左葉に分けられます。糖・脂質・アミノ酸などの代謝をつかさどる重要臓器で、エネルギーを産生し各臓器にエネルギー源を供給する工場であり、アルコールや有害物質を分解・解毒する工場でもあります。 

この重要な臓器である肝臓にできるがんは、原発性と転移性に分けられ肝臓の細胞からがんが生じるものが原発性肝がん、他の臓器のがんが飛び火してきたものが転移性肝がんです。肝臓の細胞には肝細胞と胆管細胞がありますが、原発性肝がんの多くは肝細胞からがんが生じたものであり、肝細胞がんと呼ばれています。一般に肝がんといった場合にはこの肝細胞がんを意味します。

平成18年度の統計調査によると、悪性新生物死亡者の中で、肝がんによる死亡率は男性では、肺がん、胃がんに次いで第3位であり、女性では大腸がん、胃がん、肺がん、乳がんに次いで第5位という結果でした。男性では横ばいですが、女性ではわずかですが増加傾向にあります。

肝細胞がんの約85%は、B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎・肝硬変症から発症しています。しかし最近では、これらのウイルスが陰性である肝細胞がんが増加しており、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が原因となっています。大酒家はなんら自覚症状を認めない状況で発がんし、かなり進行してがんが大きくなってから診断されるケースが多いようです。お酒を一生涯おいしくいただくためには、日ごろのメンテナンスが大切であり、定期的なチェックは欠かせません。

非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は、肥満・糖尿病・高脂血症などいわゆるメタボリックシンドロームと関連し、内臓脂肪が肝臓に沈着した状態です。単純性脂肪肝と非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に分けられ、NASHは脂肪沈着に炎症が加わったもので、肝硬変へ進行し肝細胞がんの原因となります。脂肪肝の10%程度はNASHであるとされています。食事の欧米化などに伴い、今後日本でも増加すると予想されています。

肝細胞がんの治療法には、大きく分けると肝切除術、経皮的治療、経カテーテル治療の3つの治療法があります。肝切除術は、がんを外科的に切り取る治療です。がんを完全に切り取れればいったんは体内にがんがない状況となり、根治(完全にがんをなくすこと)も期待できます。しかし、周囲の肝臓も同時に切除されるため、肝臓の機能が低下している例や、広い範囲に広がってしまった例では選択できません。

経皮的治療とは、肝臓に直接針を刺して治療する方法ですが、現在ではRFAと呼ばれるラジオ波焼灼術が主流であり、新しい治療法であり盛んに行われるようになってきました。がん内部に電極針を刺入し100℃に熱して焼く治療法です。がんの大きさが3cm以下で3個までが適応です。最新の装置では5cm径まで焼灼できるものもありますが、大きさや個数に制限があります。またPEITと呼ばれるエタノール注入療法もあり、純アルコールをがんに注入しがん細胞を脱水固定する治療法です。がんの大きさが小さい例で行われています。

経カテーテル治療では、大腿の付け根から動脈にカテーテルという細い管を挿入して治療します。代表は、TAEと呼ばれている肝動脈塞栓術で、カテーテルを肝細胞がんに栄養を送っている細い動脈まで挿入し、抗がん剤を注入下後に塞栓物質(ゼラチン粒など)で栓をしてがんを兵糧攻めにする治療です。最近の技術では、肝臓の機能が低下した例でも治療可能であり、大きさ・個数の制限は基本的にはない治療法です。また、がんが進行してしまった例でも選択できる治療法となっています。

多くの肝細胞がんは、正常な肝臓ではなく慢性肝炎という肝臓に炎症が慢性的に持続している状態や、肝硬変という持続した炎症により肝細胞が死んでしまい肝臓が硬くなり機能が低下してきている状態から発生するため、治療法を選択していく上で肝臓の能力・機能がどの程度維持されているかが大きな問題となります。機能が低下している肝臓では、治療に伴う負荷により肝臓の機能不全が進んでしまうこともあります。

また、治療する肝細胞がんの大きさ・個数が問題となります。大きながんでは治療成績はよくありませんし、がんがひとつだけであるか、複数個あるかでも同様です。さらにがんの存在する部位・場所が肝臓の中心部に近いか、端にあるのかも治療法を選択する上で考慮する必要があります。各治療法にもそれぞれ得て不得手があり、ひとつの治療法で盤石ではないのが現状です。肝細胞がんの治療戦略を立てるにあたり、個々の例でそれぞれの肝臓の状態・肝細胞がんの状態に合わせて、最良の治療法を選択したり組み合わせたりするテーラーメイド治療が大切となります。

また、慢性の肝臓病が続いているかぎり、多中心性発がんと呼ばれている他部位に新たながんが出現する確率が3年間で50%あるといわれています。治療にあたっては第一に根治を目標に治療するわけですが、状況によっては根治ではなく共存し現状を維持していくことを目標に戦略を練ることも必要となります。

肝細胞がんは、がんが出現する確率の高い危険群を設定することが可能ながんです。高危険群であるB型・C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎・肝硬変では定期的な超音波検査・CT検査などによる経過観察が必要です。早期に発見診断されれば、治療法の選択肢が増えることとなり、より高い治療効果が期待できます。また、B型・C型肝炎ウイルスが陰性であっても、お酒を多く飲まれる方や、メタボリックシンドロームの方で、GOT・GPTなどの肝機能検査に異常を認める場合には、肝臓専門医に肝細胞がんの危険性の有無や、危険性がある場合には超音波検査などの定期検査の間隔などについてご相談下さい。