第427回市民医学講座:宮城県の臓器移植の実情と課題

20.10.16.jpg東北大学病院医療安全推進室乳腺内分泌外科                       准教授 藤盛 啓成 先生

 

とき:平成20年10月16日 午後1時30分              ところ:仙台市医師会館2階ホール                                                                               

 

 

 

 

宮城県の臓器移植の実情と課題

1)臓器移植の目的
現在行われている臓器移植は、心、肺、肝、腎、膵臓、膵ラ島、小腸であり、臓器機能が失われた(機能不全状態)患者への根治的治療となる。腎臓では透析治療、心臓では人工臓器(人工心臓)装着により対応が可能で、膵臓ではインスリン治療があるが、いまだ完全な治療ではない。臓器移植は、ヒトの不老不死が目的ではない。したがって、臓器移植が受けられる患者(レシピエント)には年齢制限が設けられている(表1)。

表1

 

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2)臓器移植を支える学問と技術
臓器移植は近代のさまざまな医学、医療技術の発展をもとにした総合医療である。その学問と技術には以下のものがある。

①臓器保存法:臓器は血流が途絶えたまま放置すると急激に傷害を受け、バイアビリティー(生きの良さ)を失う。適切な臓器保存により、臓器は長時間保存可能となったが(表2)、腎臓・膵臓以外の臓器は脳死ドナー(心臓が動いているドナー)からの移植が必須である。

②臓器移植手術法:移植臓器は必ずしも、もともとあった場所に移植(同所性移植)されず、膵臓、腎臓では移植手術、移植後の管理に便利な位置(下腹部骨盤内)に移植される(異所性移植)。生体肝移植では細い動脈(肝動脈;径3mm程度)の吻合に顕微鏡を用いた技術が応用されている。生体肝移植は、移植手術の中で最も難易度が高いとされ、多人数の専門家チームにより手術が実施されている。

表2
20.10-2.jpg③免疫抑制法:ヒトは自分以外のものを排除する能力(免疫能・抵抗力)を有し、他人の臓器を排除する反応が起こる(拒絶反応)。これをコントロールして成功させるため、免疫抑制法が開発されてきた。現在の免疫抑制剤では免疫能すべてが抑制されるため、感染症や発がんの問題が起こる。また、移植後は 臓器が生着している限り原則的に免疫抑制剤の継続治療が必要である。

 

④感染症対策:移植後は免疫抑制治療により種々の微生物に感染しやすくなる。近年、ウイルス感染症、真菌(カビ)感染症に対する検査診断法、治療法が進歩し、感染症の問題が解決されるようになってきた。

⑤臨床の諸問題:原則的に悪性腫瘍(がん)を有する患者は移植禁忌(してはいけない)である。また、アルコール依存症など生活習慣を自制できない者は適応外で、術後治療を継続できる生活環境が必須である。脳死臓器移植を希望するレシピエントは日本臓器移植ネットワークに登録が必要である。ドナーが発生した場合、レシピエント候補が選択され移植の順位が決められる。肝、心、肺は医学的緊急性(生命の危険度評価)により順位が決められる。順位は登録情報をもとに自動的に決定され、移植登録施設を通じてレシピエントに知らされる。わが国
では脳死判定法の問題(2回判定が必要で2回目終了後に初めて臓器摘出が可能となる)から移植決断の猶予時間は1時間しかない。移植のおおよその経費を表3に示した。平成20年から保険適応が拡大されたが、臓器搬送経費、移植コーディネート費用の負担はある。

表3

 


20.10-3.jpg3)日本における臓器移植の現状と課題(生体臓器移植・渡航移植の問題)

図1

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日本の臓器移植技術は世界のトップクラスであるが、移植臓器不足は深刻である(図1)。1998年に臓器移植法が施行されてから脳死ドナーは平成20年9月現在まで79名で、年間10名に足りない。透析患者は25万人を超え、国民の500人に1人は透析患者と事態は深刻である
にもかかわらず、腎移植は生体移植を含めても年間1,000人程度であり、透析患者はさらに増え続けている(図2)。 

図2

 


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 脳死ドナーが少ないために生体移植が可能な
肺、肝、腎では親子間、夫婦間で移植が行われる。生体膵移植は、ドナーの危険性を考慮すると実施には慎重であるべきと、筆者は考えている。生体移植ではドナーの精神的・肉体的負担は想
像を超えるものがあり、移植をきっかけに家族の崩壊を引き起こしかねない。また、海外渡航による臓器移植は、臓器売買など重大な倫理的問題をはらんでいる。本年5月イスタンブールにおいて、国際移植学会は各国に脳死ドナー拡大努力を求め、海外渡航移植の原則禁止という
宣言を世界に発した。宣言を遵守すれば、わが国では小児の脳死を認めていないため、小児の心臓移植への道は閉ざされることになる。

移植学会と患者の会は、脳死ドナーの拡大、国内での小児心臓移植を実現するために臓器移植法改正を求めて活動してきたが、福田首相辞任により年内(平成20年)の法改正は不可能となった。臓器移植医療が世界標準に近づくためには、現行臓器移植法の改正はどうしても必要である。来年、改正法案が再度国会に提出される予定と聞く。臓器移植法改正にあたってはぜひ市民の皆さまのご理解をお願いしたい。

図3

20.10-6.jpg4)宮城県における臓器移植と課題
東北大学はすべての臓器移植認定施設であり、仙台社会保険病院はわが国で最も実績のある腎臓移植病院の一つである。しかし、死体、脳死臓器提供は非常に少なく(図3)宮城県は移植先進県であるが臓器提供後進県といえる。宮城県では院内コーディネーター(各施設内でドナーとなる可能性のある患者情報を臓器移植ネットワークへ提供する業務を担う)設置を進め、平成20年9月現在17病院に21名のコーディネーターを委嘱している。今後、病院・県民一体となって臓器提供の拡大が望まれる。市民の皆さまには臓器移植ドナー意思表示カードの所持、ドナー登録(日本臓器移植ネットワークhttp://www.jotnw.or.jp/donation/index.htmlにご協力をお願いしたい。