第431回市民医学講座:すべての市民が知っておくべき新型インフルエンザ対策の基礎

21.2.19.jpg

東北大学大学院医学系研究科

微生物学分野

教授 押谷 仁 先生

 

とき:平成21年2月19日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

すべての市民が知っておくべき新型インフルエンザ対策の基礎

新型インフルエンザによるインフルエンザパンデミック(世界規模の大流行)は過去、数十年に1回の割合で起きてきている。これは主に鳥の中に存在しているA型インフルエンザの亜型がヒトへの感染性を獲得することによって起こる。そのようなウイルスが出現すると、人類の大半は免疫を全くもっていないために非常に大規模な流行が世界規模で起き、大きな被害が出ることが想定されている。

もし新型インフルエンザによるインフルエンザパンデミックが起きた場合、その影響はばく大なものになる可能性がある。日本においても厚生労働省の推計によれば人口の25%、3,200万人が発症した場合、最大64万人が死亡するとされている。しかし、新型インフルエンザの被害は多くの発症者と死亡者を出すという直接の人的被害だけにとどまらず、その影響は社会全体に及ぶと考えられている。労働力が短期間に失われることにより、電気・ガス・水道などのライフラインが十分に機能しなくなる可能性もあるし、公共交通機関・物流などにも大きな影響が起こる可能性もある。

このような事態に対する対応策としてさまざまな対策が考えられている。まず、ワクチンは新型インフルエンザに対しても有効な対策の一つであると考えられている。しかし、ワクチンの最大の課題は、新型インフルエンザが出現してからワクチンを開発・生産するためには少なくても6カ月から1年間かかるということである。これでは流行初期にはワクチンが全くないということになってしまう。この問題を解決するために、現在新型インフルエンザとなる危険性が高いとされているH5N1に対してあらかじめワクチンを生産し備蓄しておくという考え方が出てきた。このようなワクチンをプレパンデミックワクチンと呼んでいる。日本でもH5N1に対するプレパンデミックワクチンの備蓄が進んでおり、医療従事者などに投与する計画もあ
る。しかし本当にH5N1が次の新型インフルエンザになるかどうかはわからず、もしH5N1以外の亜型が新型インフルエンザとして出現した場合にはこのプレパンデミックワクチンの有効性はほとんど期待できないということになる。

抗インフルエンザ薬としてはノイラミニダーゼ阻害剤のオセルタミビル(タミフル®)とザナミビル(リレンザ®)が新型インフルエンザ対策として備蓄されている。これらの薬は新型インフルエンザに対してもある程度有効だとされているが、実際の有効性は正確にはわかっていない。また薬に対して耐性が生じる可能性もある。

ワクチンや抗ウイルス薬はある程度新型インフルエンザに対しても有効であると考えられるが、これらの対策は絶対的な切り札とはなり得ない。新型インフルエンザが発生した場合これらの医薬品による対策以外の公衆衛生上の対策も同時に行う必要がある。公衆衛生上の対策としては学校・職場の閉鎖や集会の制限などのいわゆる社会隔離(Social Distancing)、早期の患者の入院措置、接触者の自宅待機、咳エチケットなどによる個人防御さらには国境でのスクリーニングなどによる感染者の流入の阻止などが考えられている。実際に新型インフルエンザが出現した場合には、ワクチン・抗ウイルス薬およびその他の対策を同時に実行しその被害を最小限に抑える必要がある。しかしこれらの対策を大規模にしかも短期間に行うためには事前に十分に計画を立て、実行の準備をしておく必要がある。このような具体的な新型インフルエンザ対策は日本では諸外国に比べて遅れており、早急な対策の充実が求められている。

国の推計では新型インフルエンザが発生した場合、最大2,500万人が医療機関を受診するとしている。このような事態に対応する医療体制の整備も大きな課題である。医療崩壊・医師不足などが大きな社会問題となっている日本において、爆発的に増大する患者に対応するためには、事前に十分な検討をしておく必要がある。多くの患者が病院や診療所に殺到するというようなことが起きると医療機関が感染拡大の場になってしまう危険性もある。医療機関においても感染拡大を最小限に抑えながら必要な医療を感染者に対し提供する体制を地域ごとに整備しておく必要がある。

新型インフルエンザに対してはその感染のリスクを完全にゼロにすることは難しいと考えられるが、感染経路を正しく理解し適切な対策を行うことで、感染のリスクを最小限にすることは可能である。つまり、飛沫感染に対する対策としてはマスクの着用や他の人との距離を十分に保つなどの対策が、また接触感染に対する対策としては手洗いや外出したら顔を触らないなどの対策が有効である。さらに感染してしまった場合には咳エチケットを守るなどして他の人にうつさない努力をすることも重要である。