第433回市民医学講座:網膜の老化と病気

20.11.26 023.jpg大橋眼科医院院長

東北大学医学部臨床教授

山口 克宏 先生

 

とき:平成21年4月16日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

網膜の老化と病気―加齢黄斑変性―

1.網膜内では毎日「油かす」が作られ処理されている

目の老化現象として代表的なものに、老視、白内障、眼瞼下垂などがありますが、眼底網膜の中央にある黄斑にも老化現象が起こります。この物を見る要の部分に、異常な老化が生じ、視機能(視力や視野)が障害される病気は加齢黄斑変性と呼ばれます。網膜は、よくカメラのフィルムに例えられ、光を受け止め、電気的な信号に変換して、脳へ信号を伝えるという重要な役割を担っています。解剖学的には、最も外側に一層の網膜色素上皮細胞が存在し、視細胞外節と呼ばれる視細胞の突起と接しています。網膜の内層には双極細胞があり、さらに最内層には長い神経線維を有する神経節細胞があります。光粒子は、この網膜の内側を透過して、外層の視細胞外節に到達します。これは、コンパクトディスクのような円板状の膜様体が1,000枚ほど重なった構造をしています。そこに無数に存在する光受容蛋白が光を受け止め、エネルギーを電気的信号に変え、視神経を介して脳に視覚情報を送ります。視細胞外節では、毎日使い古された先端10%が変性脱落し、同時に新しい光受容蛋白を持った円板が内側に再生されています。この視細胞の新陳代謝のため脱落した外節は、脂肪性の老廃物の塊(油カス)のようなもので、網膜色素上皮細胞が貪食し、その細胞内で酵素により消化されています。

2.加齢による処理機能の低下がもたらすもの

加齢により網膜色素上皮の働きが低下すると、リポフスチン顆粒が形成され、これが細胞内に貯留していきます。さらに、このような未消化の老廃物が基底膜であるブルッフ膜(網膜色素上皮の下にあり、脈絡膜との境目にある膜)に蓄積し、眼底検査で観察することができるドルーゼンと呼ばれる沈着物となります(図1)。これには、通常の加齢性変化と考えられる硬性ドルーゼン(図2)と、加齢黄斑変性発症と深い関連のある軟性ドルーゼンがあります(図3)。

 

図1.JPG 図1 老化した網膜。黄斑部にドルーゼンが黄白色病巣として多数認められる。

 


図2.PNG図2 硬性ドルーゼンの組織像。網膜色素上皮下に円形の隆起性病変が認めら れる。硝子様物質により構成され、一部に顆粒状の崩壊がみられる。

図3.PNG図3 軟性ドルーゼンの組織像。網膜色素上皮下に多形性物質が連続して存在している。

 

このような老廃物は、慢性の弱い炎症反応をもたらし、網膜色素上皮細胞の変性を誘発します。また、炎症反応を鎮めようとして、ケミカルメディエーターと呼ばれる化学物質が産生されます。それらのなかには、血管の発生を促す因子が存在し、その作用により脈絡膜から新生血管が生え出してきます。新生血管は、ブルッフ膜の下にあるときは活動しませんが、一度ブルッフ膜を突き破って網膜色素上皮の下、あるいは網膜色素上皮の上まで侵入してくると、急に増殖し始めます。その結果、血液や血液成分の滲出が激しくなり、黄斑の機能低下が著しくなります。これが滲出型の加齢黄斑変性の病像です。また、細胞の変性と脱落を主とする反応が起こった場合は、萎縮型の病巣になります。

 

3.加齢黄斑変性の病状と病型

加齢黄斑変性は、「白内障」や「緑内障」「糖尿病網膜症」といった代表的な眼疾患と比べ、日本人に少なく「欧米人に多い病気」と考えられていました。ところが最近の疫学的調査では、日本でも急速な高齢化や生活様式の変化などのため、この病気に伴う視力障害者が急増しております。全人口の0.67%にみられ、日本人の約30万人が罹患していると推定されています。そのほとんどは60歳以上で、女性より男性に多いという特徴があります。加齢黄斑変性の症状は、視野の中央がよく見えない、ゆがむ、暗く見える、などです。通常、中央以外の視野は保たれ、全く光を失ってしまう状態にはなりませんが、見たいところが見えず読みたい文字が読めないという、とても不便な状態になってしまいます。その病型としては、次の二つのものがあります。この加齢黄斑変性による視力低下は進行性で、低下した視力を元の状態に回復させることができる確実な治療法は今のところありません。

(1)萎縮型
黄斑の老化現象が病的に進んだ状態と考えられ、黄斑の組織が加齢とともに萎縮します。進行が遅いので、高度の視力障害に至るとしても、それまでにかなりの年月を要します。有効な治療法はなく、萎縮型から滲出型へ変化することがあるため、定期的に経過を観察することが大切です。

(2)滲出型
新生血管と呼ばれる異常な血管が、黄斑部の脈絡膜から発生し、網膜側に伸びてくるタイプです。新生血管の血管壁はもろく、血液や血液成分が黄斑組織内に滲出し、視機能を障害します。このタイプは、萎縮型よりも進行が早く、新生血管の成長と出血や滲出物により、急激な視力低下や変視症などの症状が出現します(図4)。黄斑の網膜組織は破壊され、永続的に高度の視力障害が残ってしまいます。また、ポリープ状脈絡膜血管症という病型があり、脈絡膜血管の異常血管網とその先端の拡張したポリープ状病巣を特徴としています。このタイプは、欧
米に比較して、日本人の男性に多く見られ、片眼性が多いという特徴があります。

 

 


図4.PNG図4 加齢黄斑変性の眼底終末像。黄斑全体に著しい網膜下出血、出血性網膜剥離および増殖組織形成が認められる。

 

4.加齢黄斑変性の治療

(1)中心窩外新生血管へのレーザー光凝固

新生血管が中心窩にない場合は、レーザー光凝固術が可能な場合があります。治療により新生血管が消失し、出血や滲出物が吸収され、その時点の視機能を保つことができます。ただし、この方法では凝固部に対応して暗点が出現し、
見ようとする物の近くに見えない領域が生じるという問題点があります。

(2)中心窩新生血管への光線力学療法
  Photodynamic therapy: PDT
最近よく行われている方法で、光に対する感受性を持つ薬Verteporfin(Visdine)を静注し、その薬が中心窩下の新生血管に到達した時間帯に、病巣にレーザーを照射すると異常血管に取り込まれた薬物に光化学反応が起こります。その結果、強い毒性のある活性酸素が発生し、結果として脈絡膜新生血管の血管内皮細胞が傷害されます。これにより、凝固促進因子が放出され異常血管が閉塞します。このように、本法は周囲網膜に永続的障害を与えることなく、異常血管を選択的に傷害することができる治療法であり、新生血管による視力低下を遅らせることが可能となります。

(3)抗VEGF(Vascular Endothelial Growth
  Factor、血管内皮増殖因子)療法
新生血管の発生を促す作用を有する代表的サイトカインとしてVEGFがあり、眼内にVEGFの働きを抑える抗体を注入して、加齢黄斑変性に伴う脈絡膜新生血管を鎮静化させる治療法が最近になり可能となりました。商品名「マクジェン」と「ルセンティス」という二つの治療薬が、平成20年後半と平成21年に厚生労働省から使用が許可されました。この抗体を眼内に使うことにより、VEGFの働きを抑制し、脈絡膜新生血管の活動性を低下させ、新生血管を退縮させることができます。また、抗血管新生薬物療法は、多様な病型に対し有効であり、硝子体注射で済むことから身体的負担が軽く、反復・継続投与が可能で発症・再発予防が期待されるなど、将来性が高い治療法と考えられます。

5.加齢黄斑変性の予防

(1)早期発見を心がける
加齢黄斑変性から視力を守るカギは、早期発見です。中心窩に達していない小さな新生血管を早期に発見できれば、効果的な治療が行えるため、視機能維持・改善の可能性が出てきます。全く自覚症状がない人でも、50歳を過ぎたら一度、眼底検査を受けていただきたいと思います。もしドルーゼンなどの老化に基づく所見があれば、定期的な眼底検査が必要です。また、自覚症状の検出には、アムスラーチャートが有用です。

(2)禁煙
疫学的研究では、たばこが加齢黄斑変性の危険因子であることが分かっています。15年以上禁煙を続けないと喫煙の悪影響がなくならないとされ、できるだけ早くに禁煙したほうがよいと思われます。

(3)亜鉛と抗酸化ビタミンの摂取
疫学的調査研究で、加齢黄斑変性になりやすい黄斑所見のある人が亜鉛と抗酸化ビタミンを多量にとると、加齢黄斑変性の発病率が低くなることが分かりました。そこで、牡蠣・貝類などの亜鉛が豊富な食材や、ルテインが含まれる新鮮な濃緑色野菜をなるべく多く食べるように心がけるとよいと思います。

(4)サングラスなどによる目の保護
強い光、特に太陽光の中の青い光が網膜に当たると、網膜内に「油カス」状の有毒物質がたまりやすくなります。そこで、紫外線と青色光をカットするタイプのサングラスやツバ付きの帽子により、強い日差しから目を保護するようにしていただきたいと思います。

以上、加齢黄斑変性の発症のリスクをできるだけ避けるように心がけていただきたいと思います。