第435回市民医学講座:肺がん診療の実際

0805.JPG宮城県立がんセンター呼吸器科医療部長

前門戸 任 先生

 

と き:平成21年6月18日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

肺がん診療の実際

疫学と喫煙

肺がんは年々増加しており、男性における死亡率は胃がんを抜いて第1位となり、平成17年の統計では人口10万対49.2人まで増加しています(資料1)。

0801.jpg

年齢別にみると年齢が上がるほど罹患率が増え、喫煙と肺がんの関係では喫煙
により肺がん罹患率が男性では4.5倍、女性でも4.2倍に上昇します。禁煙することにより肺がん罹患率は下がりますが10年以上禁煙しても肺がんのリスクは1.4倍までの減少で頭打ちになり非喫煙者のレベルまで低下することはありません(資料2)。

 


0802.jpg生涯喫煙しないに越したことはないのです。喫煙だけでなくがんを罹患した家族がいたかどうかもがんの発生率に関連し、家族にがん患者がいた場合にはより喫
煙を避けることが望まれます。

 

肺がん治療

肺がん治療には局所療法と全身療法に区別され、局所療法には手術、放射線療法があり全身療法には殺細胞薬による治療(抗がん剤治療)と分子標的薬による治療(イレッサなど)があります。抗がん剤がDNA合成、細胞分裂に関係し、増殖の速い細胞を中心にすべての細胞に影響を与え、全身倦怠感、食欲不振、骨髄抑制、脱毛など毒性が強いのに比較し、分子標的薬は標的細胞のみに影響を与え、標的分子をもたない正常細胞には影響を与えにくく、一般に骨髄抑制なく全身状態が保たれます。また、分子マー
カーにより投与を選択することも期待されています。肺がんの病期分類ではⅠ期からⅣ期まで分かれ、各病期の患者が一定の割合で存在するわけではなく、米国ではほぼ肺がん患者の半数がⅣ期とするデータがあります。日本では検診システムが発達しておりそれより手術可能なⅠ・Ⅱ期が増えますが、それでも進行したがんが多いのが肺がんの特徴です。病期ごとに治療法が決まっていますが、手術、放射線といった局所療法だけでなく全身療法の化学療法との組み合わせが重要になってきます。リンパ節転移・遠隔転移が多いのが肺がんの特徴です
のでⅠ期の一部以外のすべての病期に全身治療である化学療法が用いられます(資料3)。

 


0803.jpgもう一つ治療を受ける上で大事なことがPSと呼ばれる体力についてです。体力がない自分で動けないような状態では治療のグレードを下げざるを得ません。当院で集計した病期ごとの治療方法の割合をみると積極的な治療ができずに支持療法のみの患者がどの病期であってもいることがわかります(資料4)。

 


0804.jpgまた、抗がん剤治療は広く用いられるようになりましたが、それのみで治癒が得られることはまれで、治療終了後も再治療が必要になる時期がくることを考えなければなりません。

 

分子標的薬による治療

肺がんに対する分子標的薬イレッサが世界に先駆けて日本で2002年から使用可能となり、同種の薬剤であるタルセバが2007年12月から使用可能となりました。非小細胞肺がんに対しイレッサを投与した場合は約10〜20%の患者に腫瘍縮小効果を示し、アジア人、女性、非喫煙者、腺がんではイレッサが腫瘍縮小効果を示す割合が高く、イレッサが有効であった患者の肺がん細胞に高率にEGFR遺伝子の変異が存在することがわかりました。EGFR遺伝子変異があれば7〜8割の患者にイレッサが腫瘍縮小効果を示します。当施設でもPNA-LNA clump法という高感度のEGFR遺伝子変異検査法を用い肺がん診断時にEGFR遺伝子検査を行っています。男性、喫煙者、扁平上皮がんであってもEGFR遺伝子変異が存在することもあり、女性、非喫煙者、腺がんなどの因子で絞ることなく遺伝子変異検査を行っています。これまで一次治療としてイレッサの投与が有効な証拠がなく原則二次治療からのイレッサ投与が可能でしたが、我々が所属しているグループでEGFR遺伝子変異陽性患者だけに限って一次治療からイレッサ投与を行う二つの臨床試験を行いました。その結果、EGFR遺伝子変異があれば抗がん剤治療の適応にならない高齢、体力のない患者であってもEGFR遺伝子変異があればイレッサ治療により劇的に改善する例が多いことがわかり、もう一つの試験ではEGFR遺伝子変異がある抗がん剤未治療患者でイレッサ治療と抗がん剤治療を比較するとイレッサ治療がはるかに効果的でした。この二つの結果よりEGFR遺伝子変異があれば一次治療としてイレッサ治療の適応があり、これまでの標準とされてきた治療方法が変更になる可能性があります。

 

進行肺がんの治療目標

進行肺がんに対する治療の目標は治癒ではなく生活の質を維持しできるだけ長生きしてもらうことです。現段階では進行肺がんの多くの患者は治癒が望めません。生活の質を維持することが重要で、その点、やみくもに抗がん剤投与を長期間続けると患者はへとへとになってしまい生活の質が低下してしまいます。無治療で過ごせる期間を長く取れるように治療できるとその間の生活の質が上がりますし、治療で消耗した体力を回復することにも役立ちます。それが再増大時に行う二次治療につながります。無治療の期間も次の治療に向けた準備期間という意味合いがあります。また、治療せずに安定している時期でありながら再発、腫瘍再増大を恐れ気が気でない方がいます。これではせっかく治療がうまくいっているのに生活の質が高いとは言えません。病気のことは医療者に任せ再発のことを考えすぎないことです。治療前に治療の目標をしっかり主治医と話し合い、特に治療の目的が治癒か、延命か、症状の緩和かを知ってから治療を受ける必要があります。場合によっては他の医療者に意見を聞く(セカンド・オピニオン)ことも選択枝の一つになります。いずれにせよ十分納得してから治療に入ることが重要です。