第442回市民医学講座:スギ花粉症を知る

20.11.26 003.jpg中林耳鼻咽喉科医院

院長 中林成一郎 先生

と き:平成22年1月21日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

 

 

スギ花粉症を知る-春をすっきりと-

スギ花粉症は、知らぬ人のいないアレルギー疾患です。その特性として、発症時期が限定される、原因が明らかである、生命を脅かさない、メディアが必ず取り上げる、花粉症をめぐる一大産業が形成されている、などがあげられます。このように、誰でも話題にしやすいスギ花粉症ですが、思い込みをなくし情報を判別・吸収するためには、本質的な理解がぜひとも必要です。統計では全国のスギ花粉症有病率は15%にも上り、自然寛解が少ないため依然として増加傾向にあり、近年では高齢者の新規発症や逆に低年齢化が明らかになってきました。そもそも、ス
ギが戦後の建材・治水を目的として全国的に植林され、花粉を多く飛散する成熟期に入ったことが増加の原因です。さらに国内林業の長期不振による建材利用減や間伐などの手入れ不足が追い打ちをかけています。

スギ花粉測定の歴史は古く、東北大学耳鼻咽喉科では83年から外来棟屋上で測定しています。ワセリンを塗布したスライドグラスを2枚の円盤の間に設置(ダーラム型)し、24時間ごとに取り出し、付着した花粉を染色して光学顕微鏡で観察します(図1)


1-1.JPGこの方法はスギ以外の花粉やダストを見誤ることがなく正確ですが、迅速性に欠けます。そこで、吸引した空気にレーザー光を当て散乱光の粒子サイズからスギ花粉を特定しカウントする自動花粉測定器が開発されました。この器械をビルの屋上や山間部に多数設置し、1時間ごと(設定可変)のデータをサーバに収集し、気象情報と組み合わせて飛散量、飛散方向を一般に表示します。この花粉情報システムは環境省、厚労省、東京都などの自治体で導入され、リアルタイムな情報をPCや携帯電話で入手できるようになりました。環境省のシステム(はなこさん:http://kafun.taiki.go.jp)は、東北大学医学部に測定局があり、仙台市民が利用するのにおすすめです。この分野は需要があるため、民間会社の躍進も目立ちますが、花粉情報はメディアと結び付き強い影響力を発揮しますので、常に利用者を意識した情報発信であることを願うものです。

さて花粉症の治療にはさまざまな手段がありますが、先手を打つことが重要です。現在行われている初期療法(初期治療)は、全国に先駆けて東北大学で1985年から始められました。初期療法は飛散開始予想日の2週ほど前から内服
を開始するもので、発症を遅らせ、飛散極期の激しい症状を抑える大変有効な治療法です。当時新しかった第2世代抗ヒ薬のオキサトミオドを用いて、飛散量の少ない、平年並み、多い、の3年間で比較したところいずれの飛散量でも十分な効果を得ました。しかし、飛散量の多い年では、初期療法の優位性が小さくなるので、95年の大量飛散年(最高記録)では初期療法としてアゼラスチンのみ用いた群と、それにフルチカゾン点鼻(局所ステロイド薬)を追加した併用群とにわけて比較しました。その結果、併用群では自覚症状、鼻内所見、粘膜内ECP(活性化好酸球の指標)のすべてを有意に抑制することがわかったのです。これで、飛散量の多少にかかわらず自信をもって初期療法を行えるようになりました。その後、さまざまな抗アレルギー薬の開発が続き、臨床での使用経験が積み重ねられ、現在では鼻アレルギー診療ガイドライン(図2)に、Th2サイトカイン阻害薬、抗
Lts薬、抗PGD2・TXA2薬なども初期療法のラインナップに加わりました。
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その開始時期については、第2世代抗ヒ薬は飛散開始日ないし症状が出た時点からで良いことになりました。しかし初期療法で得たリードに油断していると、飛散極期に症状が増悪しますので、重症度、病型に応じて治療内容をステップアップします。

薬物療法のもう一つのポイントは、ステロイド点鼻薬(以下鼻ステ)の効果的な使用法です。種類も多くバリエーション豊かな経口薬に比べて、地味な鼻ステですがその効果は経口薬に劣るものではありません。鼻ステのメリットは効果発現が1~2日と早く、鼻の3症状を強力に抑制し、局所で効果を発現し吸収されにくいの
で全身性の副作用が少ない、眼症状への効果を認める、などがあげられます。一方デメリットは、効果が最大になるのに2週ほどかかる、鼻出血、コンプライアンスが低い、などがあります。しかし、決められた用法・用量を守ること、鼻中隔方向への連続噴霧を避けることでこの問題は解決するでしょう。鼻ステは小児用もあり、アレルギー症状の悪化がみられる妊婦(5カ月以降)にも有益性投与が可能です。視点を大きくし、世界のアレルギー性鼻炎ガイドラインであるARIAの基準で考えると、スギ花粉症の治療はまず鼻ステとなります。国内では最近1年で、
新しい鼻ステ(モメタゾン、改良型フルチカゾン、デキサメタゾン)が登場しました。自験例でもその有効性が確認され(図3・4)、鼻ステ全体が治療戦略上、重要性を増すであろうと思います。


 
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薬物療法が及ばない場合、手術療法がありますが、目的に応じて分類されます。粘膜の縮小・変調を起こすレーザー粘膜凝固手術、鼻腔通気度を改善する鼻中隔矯正術・下鼻甲介粘膜切除術、頻繁な鼻汁を改善する後鼻神経切断術など
があります。今までみてきた治療法は症状を抑え込むものですが、アレルギー反応を起こさせないという視点に立てば、特異的免疫療法(減感作療法)が唯一根本的な治療法です。その有効性は70%以上で、小児ではさらに効果が高まる傾向にあります。また、治療完成後は内服の必要がほぼなくなり経済的です。理想的な治療ですが、2~3年間頻繁な通院が必要、副作用(喘息発作、アナフィラキシーショック)の不安、などの問題から実施施設は少ないのが現状です。近年、副作用の頻度を減らす舌下投与が研究されていますが、まだ保険適応ではありま
せん。

スギ花粉症にまだまだ話題があります。症状を悪化させる環境因子(ディーゼル燃料粒子、高CO2、高NO2、黄砂現象)や個人でできる対策であるセルフケアなども知っておきたい知識です。しかしこれらの知識や情報は、患者さんと医師の信頼関係(図5)のもとに活かされる性質のものです。良好なコミュニケーションを
構築することが、症状の改善・QOLの向上というゴールに到達する前提となりますので、今年も一緒に花粉症シーズンを乗り切りましょう

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