第457回市民医学講座:顎関節症

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東北公済病院歯科口腔外科部長

熊谷 正浩 先生

と き:平成23年6月16日(木)午後1時30分

ところ:仙台市急患センター・

     仙台市医師会館2Fホール

 

 

 

口が開かない 開けると痛い…

―顎関節症について―

 

顎関節症は ⑴顎関節部や顎の周りの痛み(顎関節痛/咀嚼筋痛)⑵関節音 ⑶開口障害ないし顎運動異常の3症状を主要症状とする慢性疾患の総括的診断名です。

顎関節症の顎関節痛/咀嚼筋痛は、口の開閉時など、顎を動かすときに痛む(強くなる)のが特徴です。安静にしていても痛みがあり、顎を動かしても痛み方が変わらないとすれば、同部位の痛みであっても顎関節症以外の疾患が原因となっている可能性があります。顎の周囲に痛みを生じる疾患はさまざまで、歯髄炎など歯の疾患、中耳炎など耳の疾患、上顎洞炎など鼻や副鼻腔の疾患、三叉神経痛など神経の疾患、そのほか、腫瘍、炎症、頭痛などが挙げられます。

 

顎関節音は顎を動かしたときに『カクン』とか、『ジャリジャリ』という音がすることで、関節内構造の異常から生じることが多いとされています。また、開口障害に先行して生じる場合もあります。なお、症状が関節音だけで痛みも開口障害もない場合には、積極的な治療は不要であるとされています。

 

開口障害は何かのきっかけで突然生じる場合、何となく開きにくい状態から徐々に症状が強くなる場合がありますが、通常上下前歯間に指が縦に2本しか入らない程度の症状となります。なお、縦にそろえた指が3本入れば開口障害はないと言え、一方、指が1本も入らない強い開口障害は顎関節症では生じにくく、ほかの
疾患が原因の可能性もあり注意が必要です。強い開口障害を生じる疾患には、急性炎症、顎関節強直症、腫瘍、破傷風などがあります。

 

ある患者さんを顎関節症と診断する場合には、この三つの主要症状のうち少なくとも一つが確認できることが必須です。その上で、患者さんから、症状のきっかけや経過を聞いたり、症状の特徴を調べたり、X線像を参照したりして、似た症状のほかの疾患を除外します。ほかの疾患を除外すると『顎関節症』が残ることになりますが、顎関節症は前述のように総括的診断名のため、障害されている部位によって、さらに、Ⅰ型:咀嚼筋障害、Ⅱ型:関節包・靭帯障害、Ⅲ型:関節円板障害、Ⅳ型:変形性関節症、Ⅴ型:Ⅰ~Ⅳ型に該当しないもの、の五つに分類します。そして、それぞれの分類中の進行時期や重症度を判定し、治療目標を設定していくことになります。

 

顎関節症は、一つの原因で引き起こされるのではなく、いろいろな因子が重なり合い、その影響が個人の耐久限界を超えたときに症状が出ると考えられています。症状を引き起こす因子として、ブラキシズム、ストレス、日常習慣、外傷などが知られています。ブラキシズムは、歯を食いしばるクレンチング、すりあわせるグ
ラインディング、カチカチ鳴らすタッピングなどで、食事の際の咀嚼運動とは異なり非生理的な運動です。ストレスは人によって無意識の食いしばりを増悪させ、痛みに対する閾値を下げることで、症状悪化に関与します。食事の際に左右一方のみを使って咀嚼する偏咀嚼、顎関節に過剰な負荷をかけるうつぶせ寝、頬杖などの癖や習慣も顎関節への負荷を大きくします。また、顎関節周囲の外傷は、顎関節を構成する骨や靭帯を損傷し、症状を生じる要因になることがあります。

 

治療は、痛みをなくし、日常で支障がない程度まで開口障害を改善することを目標に行われます。顎関節症患者さんの長期経過の分析から、顎関節症の症状は、時間を経るに従い軽くなることが多いことが知られています。このため、治療方針は、歯を削ったり、多くの歯に被せ物をしたりするような、後戻りできない治療法はできるだけ避け、保存的、可逆的な治療法を選択することが推奨されています。具体的には、原因を解消する目的で行われるセルフケアとスプリント(口の中に治療の装置を入れる)療法、症状改善の目的で行われる物理療法、薬物療法、運動療法などです。このうち、セルフケアとしては、常に意識して顎を安静にする、口を大きく開けない、咀嚼筋をマッサージする、などが行われます。これら保存的治療が無効で症状が強い場合、症状に応じて外科的療法が選択されることもあります。

 

まとめ
口が開かない、開けると痛いという症状が顎関節症によるものであれば、現在では、顎関節症の中でどのようなタイプなのか、その症状を生じた要因、症状を持続させている要因を詳しく評価分析することで、個人ごとに最適な方法で治療をうけることができます。顎関節症は自然に症状が軽快することの多い疾患で、経過は一般に良好です。しかし、中には長期間にわたって症状が持続する場合もあり、また、顎関節症と似た症状でありながら、顎関節症とは全く異なる治療法を要する疾患、放置すると生命にかかわるような疾患も存在します。このため、口が開かない、開けると痛いといった症状が気になる場合には、まず歯科、口腔外科を受診し、きちんと診察を受けることが大切です。