第424回市民医学講座

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東北厚生年金病院精神科                 主任部長  三浦 伸義 先生

 

とき:平成20年7月17日 午後1時30分              ところ:仙台市医師会館2階ホール                                                                               

 

 

 

 

あなたの周りのうつ病

 本邦の年間の自殺者は平成10年以降連続して3万人を超えており、不慮の事故に続き、死亡原因の第6位となっている。この自殺の背景には80~95%に精神疾患が存在するといわれて、中でも「うつ病」が最多を占めている。我々の周りにはうつ病が数多く存在しているが、実際はこれに気付かれていないのが現実である。自殺予防の観点から、自分自身または周りのうつ病に気付くことが重要である。

うつ病の生涯有病率は男性で10%、女性で20%といわれている。単純に計算すると、本邦では約1,800万人の方が、生涯のうち一度はうつ病となることになる。生活習慣病の代表である糖尿病は、予備軍を含めて1,500万人程度であり、うつ病は糖尿病より多いことがわかる。”糖尿病” または”糖尿病の気がある” と話をしている知人はおのおの何名かいるだろうが、”うつ病” または”うつ病だった” と話す知人はほとんどいないであろう。しかし、実際は数多く存在するのである。かかりつけ医(プライマリ・ケア医)の患者の約30%はうつ病であるといわれている。うつ病は頭痛や倦怠感といった身体症状を呈するため、はじめにプライマリ・ケア医を受診することが多い。うつ病は患者も自覚
していないことが多く、またプライマリ・ケア医も正確な診断と治療に結びつけることができず、結果患者は次々と病院・診療所を変えていくことになる。あなたの周りに「なかなか病気が治らない」と病院を転々としている人が数名いるはずである。このような方を「うつ病ではないか?」と疑うことができれば、専門医の受診を勧めるなどしていただくと、適正な治療が導入され、その方の長く続いた苦痛から逃れることができる可能性がある。

うつ病の基本症状は、『抑うつ気分』『興味や喜びの喪失』である。これが2週間以上続くようであれば、うつ病を疑ってみる必要がある。また、うつ病を身体症状(体重減少、不眠、疲れやすさ等)を呈することが多々ある。さまざまな検査を受けたにもかかわらず説明のできない身体症状がある場合、うつ病を疑ってみる必要がある。

うつ病は1回のエピソードで症状が3~8カ月持続し、また20%は2年間持続するといわれている。うつ病は再発しやすく、約50%が再発をし、再発を繰り返す場合、20年間で7回程度の再発があるとされる。単純に計算すると、20年間のうち3~4年はうつ状態であることになる。うつ病は中年以降に発症することが多いが、発症後20年間のうち3~4年もうつ状態であれば、実りのある人生とならないであろう。実りのある人生を送るためにも、治療を受けるべきであろう。

うつ病の原因はわかっていない。悩み(多重債務、職場のストレスなど)がきっかけになることもあれば、身体疾患(脳卒中やがんなど)がきっかけになることもある。うつ病になる原因は心理的ストレスのみであるとイメージされやすく、結果「気持ち次第」で治ると思われがちだが、これは誤った認識である。うつ病が身体疾患に合併しやすいことはあまり知られていない。例えば、心筋梗塞後の20%、糖尿病の7~30%、パーキンソン病の25~40%、急性脳梗塞後の20%にうつ病が合併する。薬剤によるうつ病(例えばステロイド使用の6%、インターフエロン使用の40%)もしばしば認められる。

うつ病の基本的な治療は薬物(抗うつ薬)である。一昔前の抗うつ薬は副作用がかなりあって飲みにくいものが多かったが、近年の抗うつ薬は副作用もほとんどなくかつ効果十分である。軽症~中等症であればプライマリ・ケア医による治療で治ることがほとんどである。ただし妄想を伴うもの、自殺念慮を持つものなどは専門医による治療が必要となるため、躊躇せず専門医を受診すべきである。

自殺念慮はなかなか周囲に気付かれることはないが、一般病棟入院中の7%に自殺念慮があるとされる。自殺念慮を判断する手段は直接尋ねる方法しかない。「死にたい気持ちはありますか?」と積極的に尋ねて良い。これを聞いたからといって自殺を助長したりはしないし、かえってその人を救うきっかけになる。一方、「死ぬ、死ぬ」という人は死なない、とちまたの噂を聞くが、これも誤った認識である。自殺既遂者の多くはそれ以前に自殺企図(未遂)をほのめかし、また実際に企図している。自殺の最大の危険因子は自殺未遂歴である。自殺企図歴のある場合、自殺念慮のある場合、直ちに専門医を受診した方が良いであろう。

自殺既遂者の残された遺書等から分析すると、自殺しやすい人は、健康問題や経済問題に悩みを持っている方で、年齢は高齢ほど多く、女性より男性に多い。近年は「孤独」を理由にした自殺も多いと聞く。自殺の予防には、家族や地域によるソーシャル・サポートが欠かせない。あなたの周りにはこれらの条件にあてはまる人が少なからず存在するはずである。彼(女)らの中に、またはあなたに、うつ病が潜んでいるかもしれない。うつ病かな?と思ったら、かかりつけ医または専門医に相談してみることがなによりも必要である。