第428回市民医学講座:いろいろな腰のいたみ

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東北大学医学部整形外科講師

小澤 浩司 先生

 

とき:平成20年11月20日(木)午後1時30分

ところ:仙台市医師会・仙台市急患センター

     2階ホール

 

 

腰の痛みは膝の痛みとならんで、整形外科を受診する患者の最も多い訴えです。生涯一度も腰痛を覚えず過ごす人はいないでしょう。先日放映されたNHKスペシャル「病の起源」で腰痛が特集されていました。アフリカの原住民のある部族には「腰痛」の概念がないそうです。彼らは狩猟のため毎日数10キロも歩きますが、腰痛という言葉を理解できません。腰痛は文明病といえるかもしれません。アフリカの原住民に腰痛がない原因の一つに、彼らの寿命が短いことがあります。腰痛は加齢と密接な関係があります。腰痛の発生に最も関与する椎間板は、加齢により次第に内部の水分を失って柔軟性を減らし高さが減少します。外側の線維輪と呼ばれる組織に亀裂が入ったり、膨隆していきます。また加齢により椎間板が弛むこともあります。この弛みにより上位椎体が前方にすべる変性性脊椎すべりが、中高年の女性によくみられます。男性では弛みを制動しようと椎体の上縁、下縁に骨棘が増生する脊椎症性変化がよくみられます。高齢者では脊椎内のカルシウムが減少し、骨梁が細くなり圧迫骨折を起こしやすくなる骨粗鬆症変化が生じます。特にエストロゲンが欠乏する閉経後の女性によく生じます。このような加齢に伴う脊椎の変化が腰痛に大きく関与します。

 

腰痛は発症の様子から、急性腰痛と慢性腰痛に分けられます。代表的な急性腰痛がいわゆる「ぎっくり腰」です。中高年で腰をかがめ不用意に重量物を持った瞬間に、椎間板内圧が瞬間的に高まり変性した椎間板の線維輪に亀裂が入り椎間板周囲の椎骨洞神経が刺激されることにより痛みが生じます。腰部の正中が痛み、痛みのために腰を伸展できないことが特徴とされています。このような椎間板由来の腰痛がぎっくり腰の60 ~ 70%を占めるとされています。また、腰を伸ばして振り返ったときに椎間関節を痛め、ぎっくり腰を起こすことがあります。これは、関節包内の滑膜がはさまれ炎症を起こすためと考えられています。その他の急性腰痛としては、軽微な外傷による骨粗鬆症性脊椎圧迫骨折があります。発症直後の単純レントゲン撮影では異常がみられないことがあります。高度の骨粗鬆症では、外傷がなく普通に生活をしているうちに仙骨に脆弱性骨折が生じることがあります。単純レントゲン検査では診断が困難で、CT、MRI、骨シンチグラフィでの診断を要します。通常の腰痛では安静時に痛みが軽減します。完全な安静でも痛みが軽減しないとき、中高年では悪性腫瘍の脊椎転移による腰痛の可能性を考える必要があります。また、尿管結石の発作時には強い腰痛が生じます。

次に慢性腰痛について説明します。例えば農作業などで中腰で長時間の作業を行うと、しばしば筋・筋膜性腰痛が生じます。筋膜に囲まれた背筋のコンパートメント内の圧力が高まり疎血が続くと、背筋内の循環障害、疲労物質の蓄積、拘縮、萎縮が生じ慢性腰痛の原因となります。さらに加齢による椎間板と椎間関節の変性が加わり脊柱が変形し、腰痛が持続することになります。これらの病態を総称して変形性脊椎症と診断します。次に仙腸関節由来の痛みについて説明します。原因が不明ですが、ふとした弾みを受けたり出産後などに仙骨と腸骨の間の仙腸関節の後方の靱帯が緊張した状態になり、臀部や下肢に痛みが生じることがあります。画像診断は困難ですが、痛みの場所を1本指で示させると仙腸関節部を特異的に示す(指さしテスト)ことで仙腸関節由来の痛みを疑います。脊椎圧迫骨折後に痛みが半年以上長引くときは、骨折部が癒合しないで不安定になる偽関節になっていることがあります。圧迫骨折を受傷後、痛みを我慢して固い布団の上などであおむけに寝ていると起こしやすくなります。さらに偽関節では骨片が脊柱管内に飛び出し神経を圧迫し麻痺を起こすことがあります。この場合には、骨片の除去、脊柱の固定のための手術が必要になります。脊髄(馬尾)腫瘍ではしばしば腰下肢の夜間の痛みが続きます。心因性腰痛では、腰痛の起きた時期がはっきりしない、痛みの強さと訴えが日ごとに違う、疼痛部位が一定でなく示せない、治療を受けた後は楽になるがすぐ痛みが戻ってしまうなどの特徴があります。

腰痛に対する治療には、大きく保存療法と手術療法があります。保存療法には、薬物療法、ブロック療法、物理療法、牽引療法、装具療法、運動療法、生活指導(ADL指導)があります。腰痛を繰り返す患者には、痛みに対する治療 (腰治し:cure) のみならず予防 (腰磨き:care)も行うことが重要です。薬物療法は非ステロイド性消炎鎮痛薬が主体ですが、慢性腰痛には無効なことがあります。ブロック療法は局所炎症のコントロール、疼痛の悪循環の遮断を目的に行います。温熱療法は筋肉の痛みを和らげ、硬くなった筋肉をほぐし、血液の循環をよくするた
めに行います。装具療法は、急性期の患者には効果が高いものです。その働きは、腰椎運動の抑止、 腹圧による腰椎の支持、 腰椎配列の保持、体幹筋の筋疲労を防止、心理的効果です。

次に下肢の痛みや麻痺を伴う腰痛について説明します。東北大学整形外科および関連病院で調べた脊椎の手術件数は1988年の年間約880件から2006年の約2,600件まで3倍に増えています。これは、高齢化のために手術を要する脊椎疾患が増えたためです。手術件数が多いのは腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、頸髄症です。中でも、腰部脊柱管狭窄症は著しく増えています。腰椎椎間板ヘルニアは椎間板の線維輪が破たんし、脊柱菅内に突出し神経を圧迫するものです。最近の知見として、大きく突出したものは自然吸収されることが知られています。手術は、著明な神経脱落症状、保存療法で軽快しない疼痛、再発の繰り返しがみられれば行います。腰部脊柱管狭窄症では、脊柱を伸ばすと椎間板の膨隆や、黄色靱帯のまくれ込みのために脊柱管が狭くなり、前屈位や臥位で改善
します。そのために特徴的な間欠性跛行を生じます。

最後に注意を要する腰の痛みとして、激しい痛み、悪化する痛み、姿勢に関係なくいつも感じる痛み、発熱を伴う痛み、体の動きや咳・くしゃみで悪化する痛み、腰部の叩打痛、圧痛を伴う痛み、下肢の痛み、間欠性跛行を伴う痛み、感覚障害、運動麻痺、排尿障害を伴う痛みがあり、これらがみられれば専門医を受診してください。